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高校卒業後の話

 小谷がこちらに来る日が決まってから、ずっと浮き足立っている。  高校卒業後、新垣は実家から大学通い、小谷は田舎に帰って祖父母の農業の手伝いと進路が別れた。日々電話やラインで連絡を取り合っていたけれど、直接会うのは2ヶ月ぶりになる。本当はもっと早く会いに行くつもりだったのだが、思いの外学校が忙しく、その上生活に慣れないうちからバイトを初めてしまったものだから、スケジュールが合わなかった。  講義が終わると、いの一番に講堂を飛び出して駅へ急いだ。小谷が新垣の通う大学を見たいと言い、大学の最寄り駅で待ち合わせをして学校見学をすることになっている。  新垣が駅に着いた時間、ちょうど小谷が乗っている電車が駅に着いた。改札に向かってくる人々の中に、小谷の姿を見つけた。小谷もちょうど新垣の姿に気付いたらしい。顔を綻ばせて小さく手を振ってくれたので、同じようにして返す。改札を出た小谷が真っ直ぐ新垣のところへ向かってくる。 「久しぶり。遠かったろ」 「うん」 「髪、伸びたね」  うん、と言いながら小谷が肩に付きそうなくらい伸びた襟足をつまむ。髪と襟で隠された小谷のうなじには、新垣の歯形がくっきり刻まれている。  ヒトの性別は男女の他にアルファ、ベータ、オメガの計6種類がある。世の中の大半はベータであり、アルファとオメガは稀少なため、3つの性についてはほとんど知る人はいない。新垣は男アルファ、小谷は男オメガ。ふたりは番いの関係にあった。  2ヶ月会わない間に、小谷は見違えるように美しくなった。元々可愛らしい顔をしていたが、高校ではブレザー着用の上校則で髪の長さが決まっており、模範となる男子高生だった。顔つきは少し大人びただろうか。少し髪が伸びてゆったりした服を着ている小谷は中性的に見える。オンライン通話は嫌だと言うし自撮りも送ってくれないから、髪を伸ばしているなんて知らなかった。  高校1年の頃に付き合い始めて3年が経つ。なのに、この会話のぎこちなさは何だろう。こんなに長い間会わないことはなかったので、お互い相手の出方を窺っている。そこにもどかしさはなくて、これはこれで新鮮だった。 「荷物重いだろ。貸して」  差し出した手に地元銘菓の紙袋だけ渡される。 「これ、ご家族に」 「ありがとう」  金土日と、小谷がうちに泊まることになっている。手土産を用意する気遣いを好ましく思う。  3日分の着替えが入った大きなリュックも預かってやりたいところだけど、自分もパソコンやノートが入ったリュックを背負っている。まだ降り始めていないが、午後から雨の予報で傘を持っており、手土産だけで手が塞がってしまった。 「行こ」  道も知らないのに小谷が先に歩き始める。よほど楽しみにしていたらしい。はしゃぐ小谷が可愛くて、手を取って隣に並びたかったし、人目がなければ思い切り抱きしめたかった。小谷が人目を気にするタイプなのでぐっと我慢した。 「今にも降り出しそう」  駅を出た小谷が厚い雲で覆われた空を見上げる。昼間だというのに空は薄暗く、湿度が高くてじめっとしている。他愛のない話をしながら、降り始める前に来た道を少し急ぎ足で戻った。  昼食がまだだったので着いて先ず食堂に向かう。構内で物珍しそうにきょろきょろする様子が可愛かった。  ちょうど昼時なので食堂は混み合っていた。券売機で食券を買い、番号札と引き換えてから空いている席を探す。 「ガッキー」  突然声を掛けられ、声のした方を見ると島の角の前後を陣取った友達が手を振っていた。大学で仲良くなった、墨田と大友だ。 「俺らもう行くから、ここどうぞ」  示し合わせたように二人同時に席を立つ。ありがたく使わせてもらうが、何となく嫌な気持ちがした。 「彼女可愛いじゃん」  やはり待ち伏せされていたようだ。何度も合コンの誘いがあり、いちいち断るのが面倒で恋人がいることは公言していた。浮かれて今日小谷が大学に来ることも言ってある。 「絡むな絡むな。小谷は男だよ」 「こんにちは」  気まずそうに小谷が挨拶する。反応は様々で、墨田はあっさりと挨拶を返すが、大友は動揺していた。 「え、男?」  ちょうど番号札のブザーが鳴り、席を立つ。 「小谷、取ってくるから待ってて。大友、付き合え」  墨田から空になったトレーを受け取り、大友を引き連れて返却口を目指す。次に受け取り口へ行って生姜焼き定食を2人前受け取る。トレーの一つを大友に持たせた。 「ガッキーちょっと怒ってる? からかってごめんな」  素直に謝られると許さざるを得なくなる。そもそも、何に対してモヤモヤしているのかがうまく言語化できなかった。  テーブルにトレーを運ぶと、大友と墨田は次の講義があるからと食堂を出て行った。 「ごめんな、あいつら変に絡んできて」 「ううん、新垣の友達に会えてよかった」  この返しにも少しモヤッとした。  高校の頃、小谷は社交性がなくクラスに馴染もうとしなかった。ほっとけなくてお節介をしては嫌がられたものだ。その小谷が、新垣達が戻る間に墨田と話をしていた。そういえば、苦手だったはずの人混みでも平然としている。 「そうだ、これ見て」  食事を始めてすぐ、小谷がスマホを開いて写真を見せてきた。普通のキュウリと、2倍くらい伸びて先が曲がったキュウリを並べてある写真。おそらく小谷自身が収穫したものだ。 「でか」 「でしょ」  小谷が悪戯っぽく笑う。すぐにこの写真を見せられた理由に気付かなかったが、自分が今咀嚼しているものがスライスされたキュウリだったことに気付いた。 「そういえば、運転にはもう慣れたのか?」  先日、マニュアル車の免許を取ったと小谷から連絡があった。農作業に軽トラの運転が必須だからだ。 「まだ。じいちゃんが助手席に乗って練習に付き合ってくれてるけど、しょっちゅう下手だって怒られてる」  小谷のおじいさんが怖いことは、初見で怒鳴られた新垣もよく知っている。 「そっか。頑張れよ」  生姜焼きを頬張りながら、うん、と小谷が返事をした。  食後、よく使う講義室の小窓から講義の様子を見学し、図書室へ案内した。雰囲気だけでもと構内を流して歩き、外に出る頃には雨が降っていた。  「あのさ、この後行く映画、明日に変更していい?」  何も聞かずに、小谷はただ頷いた。新垣の傘に身を寄せ合い大学を後にする。途中コンビニに寄って向かった先はラブホテル。入り口の前で嫌? と聞くと、あっさりといいよ、と返ってきた。  一本の傘でそれぞれ荷物を抱えていたものだから、ふたりともずぶ濡れになった。ベッドが幅をきかせる狭い部屋に入ると、適当に荷物を置いて新垣が風呂を沸かしに行く。浴室から戻ると、荷物を部屋の隅に置いた小谷が所在なくベッドに腰掛けて部屋を見回していた。 「栓が旧式だった。温度調整ミスってたらごめん」  緊張して固まっている小谷の隣に座って肩を抱き寄せ、キスをした。肩が雨に濡れて冷たくなっている。裾を掴み捲り上げる。 「え、待って、まだ風呂入ってない」 「脱がすだけ」  文句を言いながらも小谷が両手を挙げ、襟から首を抜いて脱がせながら前のめりになってキスをした。仰け反る小谷の上体がベッドの上に倒れる。 「うわ、何?」  膝を下から掬い上げ、足を浮かせると小谷が上体を起こそうとした。足を上げさせることでそれを阻止し、ベッドの上に優しく下ろす。雨で濡れた足首を持ち上げて靴下を脱がし、床に落とす。反対側も同じようにした。口先ではもう、と悪態を吐きながらされるがままになっている。  ズボンに手を掛け、下着ごとずらした時だ。すぐに手を止め、元の位置に引き上げた。 「新垣?」  小谷が身体を起こして新垣の顔を窺う。 「本当は嫌だった?」 「は?」 「ごめん、先に風呂入ってて」  ベッドを降り、トイレに入って鍵を掛ける。自分の下半身は痛いくらい張り詰めているのに、小谷のそれは何の反応も示していなかった。  小谷が自分と気持ちでいてくれないことが不満だなんてどうかしている。今日の新垣には余裕がない。こんなはずじゃなかった。大学を見学して、映画を見て帰宅する。母さんが張り切っていたから、今日の夕飯はごちそうだろう。大学見学をそこそこで切り上げ、映画はキャンセルしてラブホに引っ張り込んだ。軽蔑されただろうか。  浴槽に水を溜める音が止まった。小谷が栓を止めたのだろう。頃合いを見計らって個室を出る。 「お腹痛いの?」  目を引いたのは、ベッドの上の白い尻。てっきり風呂に入っているものと思っていたので、ベッドの上に、しかも全裸でいたことにぎょっとした。 「ちょ、そんな格好してたら風邪引くだろ」 「お前が脱がせたんだろ!」  小谷がベッドを降り、腹いせで新垣のズボンに掴み掛かる。おとなしそうに見えて小谷は結構気が強い。 「待って、自分で脱ぐから」 「じゃあ早くしてよ。待ってたんだから」  なるべく小谷を見ないように服を脱いだ。せっかく萎えていたものが、小谷の裸を見たせいでまた勃ちそうだった。 「風呂入ろ」  小谷が有無を言わさず新垣の手を掴む。新垣は露骨にええ、と困惑の声を漏らした。 「新垣、何か今日変じゃない?」  身体を洗いながら小谷が言う。部屋の割には広い浴槽で足を伸ばし、湯船を独り占めする新垣が、小谷の方を見ないようにして、正直にやっぱりそう思う? と返した。 「何考えてるの? 教えて」 「ヤダ。すげぇダサいから」 「こっち見てよ」 「ヤダ」  駄々捏ねて、まるで子供みたいだと自分でも思う。だが内面の方がもっと子供じみていて歪で醜い。  泡を流した小谷が湯船に入ってきた。頑なに小谷の方を見ないようにしていたせいで気付くのが少し遅れた。新垣の身体を背もたれに、足の間に小谷が収まる。 「何か喋って」  小谷が新垣の両手を取り、自分の身体を抱かせた。湯の中で小谷の骨張った尻が新垣の股間に当たり、ピクリと反応する。絶対わざと当てに来ている。  小谷の腹の前でロックされている腕に少し力を込めて小谷を抱きしめ、少し膝を立てて楽な姿勢に体勢を変える。勃起しているものが小谷の背中に当たっているが、気にしないことにした。 「小谷が髪伸ばしてるのって、うなじの噛み痕隠すため?」 「そうだけど」 「俺が付けた痕、隠したいんだなぁって思って」  うなじを、伸びて貼り付いている髪ごと甘噛みした。ビクッと小谷が大袈裟に肩を跳ねさせ水面が揺れた。うなじは小谷の弱点だ。それを無防備に晒すなんて、信用されている証拠だ。小谷が片手でうなじを庇って振り向く。 「新垣が付けた痕じゃなくて、俺がオメガだってことを隠したいんだよ。それに、オメガとか知らなくてもこんなところに歯形が付いてたら吃驚するでしょ」 「わかってるよ。でも、俺が考えてるのはこういうどうしようもないこと」  世の中の人は自分がベータだとわかっていないので、オメガという種も知らない。知る人の間ではオメガは劣等種という扱いなので、知らないならそのままでいい。オメガがアルファに噛まれることで番いが成立するが、知らない人が見たらただ首に噛み痕が付いているだけだ。 「何それ。じゃあ切ればいいの?」 「別に。好きにすればいいよ。襟足が長いのもエロいから」  じゃあ切ろうかな、とふて腐れたように小谷が前を向く。咄嗟に首を庇った手はすぐに下ろされた。 「他には?」 「え?」 「まだあるんでしょ」  新垣は苦笑いを浮かべる。そこそこ付き合いが長いので隠し事ができない。 「墨田と何話してたの?」  墨田? と小谷が首を傾げるので、食堂で会った眼鏡の方と短く説明する。すぐに合点がいったようだ。 「連れが失礼でごめんって。あといつから付き合ってるのーとかそれくらい」  やはりあの場に墨田を残したのは正解だった。だが、あの頑なな小谷とすぐに打ち解けていたのは面白くない。それがふーん、と言う相槌に現れた。  小谷がうなじを隠そうとするのは番いになってからずっとだったし、一足先に社会に出た小谷が社交性を身につけたことは喜ぶべきことなのに、新垣を卑屈にさせる。  話し始めてしまうとずるずると出てきて、ついうっかり余計なことまで言ってしまう。 「小谷は俺と一緒じゃない方がいいのかなって」 「は?」  新垣の腕に小谷の爪が食い込む。声は怒気をはらんでいた。そこでようやく失言に気付いた。 「正直小谷が進学しないで農業手伝うって聞いた時は、また離れに引き篭もるんだろうなって思ったんだよ。でも小谷は免許取って軽トラ乗る練習して、畑仕事も楽しそうだし、向いてるのかなって。俺は多分企業に就職するから一緒に畑はできないし、ずっとこのままの方がいいのかな、なーんて」 「俺を捨てる気?」  小谷が腕に爪を食い込ませたまま新垣を睨む。新垣が一瞬冷ややかな目をする。 「それを言うなら小谷が先だったろ。俺は高校卒業したら一緒に住むつもりだったのに、小谷は反対した」  進路がどうであれ、高校を卒業したら部屋を借りて小谷と住むつもりだった。小谷もそのつもりでいると思っていたのに、受かった高校が実家から通える距離だったために実家から通学した方がいいと言い張った。 「実家から通えるなら絶対その方がいいに決まってる。ただでさえ学費で親に負担掛けるのに、家賃も払わせることになるんだから」 「わかってる、もうやめよ。久しぶりに会うのにケンカしたくない」  手は緩んだがまだ言い足りなさそうだった。この件については散々話し合って決着が付いているのだからこれ以上は勘弁してほしい。小谷の方が現実が見えていて、新垣がただの我が儘な子供だった。  客観的、経済的に見れば小谷が正しい。だが2ヶ月経った今、本当に小谷が正しかったのかは微妙なところである。 「ただちょっとそう思ったってだけだよ。俺が悪かった、ごめん」 「新垣のすぐそうやって自己完結させるところ嫌い」  一瞬イラッとするがすぐに治まった。今はこうして小谷と言い合いできることが嬉しい。 「これからはお互い言いたいこと言い合っていこうな」  なにそれ、と膨らんだ小谷の頬を突いた。新垣がヘラヘラしていることが、余計小谷を苛立たせる。  どちらかといえばすぐ自己完結させるのは小谷の方だった。しかも悪い方向に、だ。今は食って掛かってくるが、出会った頃は他者を徹底的に突き放して寄せ付けようとせず、新垣も例外ではなかった。事故で番いになってしまった時も、お前には関係ないと言い放った。 「俺、農家継ぐつもりないよ」  小谷が膝を抱き、新垣に擦り寄りながら言う。 「じいちゃんは元々自分の代で畑やめるつもりでいたし、そりゃ俺もたまに帰って手伝うつもりではいるけど。それよりも大学卒業したら一緒に暮らそうって約束、忘れてないよね?」 「忘れてないよ。忘れるわけないだろ」  小谷の頭に頬を擦り付ける。離れて暮らした2ヶ月は、思っていた以上に新垣を心許なくさせた。小谷が自分と一緒になる将来を思い描いていることに安堵した。 「でも、本当に畑は大丈夫なのか?」 「うん。メインの収入は農地貸し出しによる賃料で、畑はじいちゃんの趣味みたいなものだから」  重厚感のある屋根を支える昔ながらの大きな木造建築の母屋、農具入れを改修して廊下を繋げたという離れ、畑がある庭。小谷の祖父母の家を思い出し、新垣は納得する。  小谷が徐々にずり落ちた身体を起こし再度新垣に寄り掛かる。小谷の背中が新垣の敏感なところに当たり、ビクッと身体が反応しそうになるのをぐっと堪えた。小谷が動く度に股間に当たる。オメガの弱点であるうなじがすぐ噛める位置にあるが、小谷には自覚がないのだろうか。うなじからは微かにフェロモンが漏れ出ており、シャンプーやボディソープとは違う甘い匂いがしている。 「さっき途中でやめたのはなんで?」  小谷が寄り掛かったまま上目遣いで新垣を見上げる。小谷の試すような目を見て、わざと股間に当てにきているのだと悟った。 「小谷が乗り気じゃなさそうだったから。無理矢理したくないし」  そっぽ向いて新垣が答える。ふうん、と相槌を打ちながら、小谷が新垣の手の甲を握る。 「ここに来る前コンビニ寄った時、新垣が下着とゴム買ってるの見て薄々気付いてたよ。それに、ホテルに入る前に嫌かって聞いてくれた時にいいよって答えたじゃん。俺だってそのつもりだったよ」 「でも、さっき嫌そうだったし」 「雨で濡れてたし、するなら先に風呂入りたかっただけ。嫌だとは言ってなかったじゃん」 「でも、勃ってなかった」  そんなことを気にしていたのかと言わんばかりに小谷が目を丸くする。新垣は片手で顔を覆いながら、また余計なことを言ったと後悔する。 「今まで気にしたことなかったけど、俺、ヒートの時以外勃たないみたい」  小谷の股間を盗み見ると、確かに勃っていなかった。  オメガには3ヶ月に1度、1週間ほどヒートと呼ばれる発情期があり、その時以外は欲情しないらしい。他の種と違うところは、うなじからフェロモンが出てヒトの発情を誘うこと、男でも妊娠すること、他のことが手につかないほど症状が重いこと、アルファと番いになることなどが挙げられる。アルファと番いになることで、オメガのフェロモンは番いのアルファにしか効かなくなる。 「新垣がまだその気ならしてもいいよ」  完全に気を遣わせてしまった。自分ばかり余裕がなくて恥ずかしい。 「お願いします」  小声で言うと、小谷が満足げに微笑む。 「ん。俺は先に出るから、新垣はゆっくりしてて」  小谷が出た後、しばらく顔を覆って頭を上げられなかった。  風呂から上がると、小谷の姿がなかった。トイレの小窓から明かりが漏れ出ていたのでそこにいるのだろう。ベッドの足元のところに畳まれていたバスローブを身に着け、脱ぎ捨てられていたズボンの中からスマホを拾う。  広いベッドに寝そべってスマホを点けると、水を流す音がした。 「準備してきた」  バスローブ姿の小谷が隣に寝そべる。目が合うと、言葉の意味を理解するより先に手が伸びた。目的も忘れてスマホを投げ出し、小谷の頭を手荒く引き寄せてキスをした。小谷の手が背中に回され、新垣のバスローブを掴んだ。舌と舌が絡まり、くちゅ、と音が鳴る。 「んっ!」  舌を絡めながら襟から手を差し込み、小指の先が柔らかいところに触れると、小谷がくぐもった声を上げた。バスローブがぐんと下に引っ張られ肩が露出する。  縺れるように小谷を仰向けにし、その上に跨がって襟を左右に開いた。白く平らな胸に、ピンク色の乳首、細く骨張った腰。日の当たらないところを露出させると小谷が日に灼けていたことがよく分かる。  少し長くなった髪を乱し、恍惚の表情を浮かべる小谷は新垣のされるがまま。色素の濃いところをちゅっと吸い上げ、生温かい舌を這わせる。 「んんぅ」  小谷がぎゅっと目を瞑り、手の甲を口元に持って行く。漏れる声は甘く、新垣の肩を押し返す力は弱い。反対の乳首を指先で弄りながら小谷に拒絶されなかったことに心底ホッとする。  ヒートの時はさておき、高校生の頃はハグやキス止まりだった。始まりはヒートに中てられた強姦で、以降もヒートの度に暴走してめちゃくちゃにしてしまっていたから、せめて平時では大事にしたかった。また、小谷には中学生の時にレイプされた過去があり、トラウマになっているんじゃないかと思っていた。  胸にふたつと腹にひとつキスマークを付けてから小谷の腰紐を解く。中は何も身に着けていなかった。息を乱し頬を紅潮させる小谷を前に生唾を飲み下す。やはり性器は反応していなかったが、そのアンバランスさにそそられる。  バスローブを引っかけただけの腕が伸びてきて新垣の頭を抱き、引き寄せられてキスをした。にいがき、と小谷が唇がくっつきそうな距離で囁く。  それに応えるようにキスをしながら小谷の股間をまさぐると、ビクンと小谷の身体が跳ねた。そこを握って扱くと、手の中で硬くなっていくのが分かる。背を向けて逃げようとする小谷を後ろから抱きしめ、足を絡めて阻止する。 「あっ、あ、んぅ」  小谷が身体を丸め、与えられる快楽をやり過ごそうとする。刺激を与えて昂らせながら、髪の上からうなじにキスをして舌を這わせる。 「あっ、ああっ!」  うなじは小谷の弱点だ。軽く歯を立てればあっけなく達した。小谷の出した精子は勢いよく飛び、腰の高さほどの鏡貼りの壁とベッドを汚した。 「もう……馬鹿!」  羞恥のために悪態を吐く小谷にごめん、と心にもない謝罪をして、真っ赤になった顔を覆う手の甲にキスをした。  コンビニで買った物を取りに行こうとベッドを降りようとした時。小谷が新垣の袖を引いた。 「どこ行くの?」 「必要な物取りに行くだけ」 「そこにあるやつ使って」  小谷が枕元の台にあるコンドームと潤滑剤を指差す。備え付けのものには何となく抵抗感があった。新垣の渋い反応を見て小谷が付け加える。 「俺が持ってきたやつ。俺だって新垣とシたかったから」  元々新垣の実家に泊まる予定だったのだ。一体いつ使うつもりだったのだろう。全く、小谷には敵わない。  仰向けに寝て足を開くという恥ずかしい格好をさせられた小谷が枕を抱いて顔を隠す。 「俺も何かした方がいい?」 「何もしなくていいよ。ていうか、何もしないで。ちょっとでも触られたらすぐイきそう」  小谷の足の間に胡座を掻き、手にたっぷり潤滑剤を垂らして小谷の後ろに触れる。 「んっ!」  ビクッと腰が跳ね、菊門がぎゅっと固く閉じて異物の侵入を拒む。勝手に濡れてすぐに挿入できるヒートの時とは大違い。縁の周りをなぞって少しずつ解していく。小谷にとってはそれが不快なようで、枕を抱きしめたまま上半身を捻ったりもぞもぞ足を動かしたりと落ち着かない様子だった。ようやく指先を挿れると、ぎゅっと締め付けてきて肌を粟立たせた。潤滑剤のおかげでぬるっと奥まで入り、抜いたり挿れたりを繰り返す。 「ううっ、うっ、ハァ、ハァ」  ナカは蕩けそうに熱くて柔らかい。指を動かす度に粘度のある潤滑剤がくちゅ、ぷちゅ、と音を立てる。 「大丈夫そう?」  小谷が枕に顔を埋めたまま頷いて応える。時折小谷が苦しそうな呻き声を漏らすが、指を2本に増やしたあたりから前が勃ってきていたので、ただ苦しいだけじゃないのだと思う。腰が揺れ始め、ビクビクと小刻みに痙攣して指を締め付ける。指3本を小谷のナカから引き抜いた。 「小谷」  声を掛けると、小谷が白い枕から目だけ覗かせた。涙目でこちらを睨んでいる。 「俺の代わりにゴム付けて。手がベトベトで袋開かない」  潤滑剤まみれの両手を見せると、小谷が枕を脇に除けて身体を起こした。中途半端に腕に引っかかっていたバスローブを脱ぎ、キスのおまけ付きで新垣のバスローブも脱がされる。コンドームの封を切り、いきり勃った新垣の男根に被せられる。  小谷の腕を手前に引っ張り、膝の上に跨がらせた。 「腰を落として自分で挿れて」 「えっ」 「大丈夫。ちゃんと支えてるから」  膝立ちする小谷の腰を抱き、割れ目に沿わせた中指をナカに曲げ挿れた。小谷がビクンと身体を硬直させた。 「変態ッ」 「うん、ごめん」  小谷の悪態に口先だけで謝罪をしながら尻を撫でる。形、大きさ、手に吸い付くような肌触り。鏡張りの壁を横目で見ながら好きだなと思う。 「ん゛っ」  小谷が急に動くものだから、油断してビクッと腰が跳ねた。小谷が腰を下ろし、先っぽに温かい肉が触れた。 「うう゛ッ、ふぅ、ハァ、ハァ、ん゛」  新垣に縋りながら小谷が少しずつ腰を落とし、新垣のモノを飲み込んでいく。ビクビクと身体を震わせ、尻が新垣の腰の上に落ち着いた時には大粒の涙が頬を伝っていた。 「痛い?」 「んん、平気」  親指の腹で小谷の涙袋を拭うと、ふいに愛しさが込み上げてきた。 「大好きだよ」  思わず漏れ出た言葉に、小谷がふにゃっと表情を緩めた。 「俺も」  喜ぶべきはずなのに、ちっとも嬉しくない。胸が痛くて苦しいほどの想いが、全然小谷に伝わっていないことが酷くもどかしい。  小谷の上体をベッドに寝かせ、浮いた腰の下に枕を挟んだ。浅く腰を引き、接続部に押し込む。 「う、ふぅ、はっ、あ」  小谷の甘い喘ぎ声と吐息に、身体がぶつかる音、潤滑剤が立てる音が混じる。顔を覆う腕を退かしてシーツの上に押さえつける。手を上の方に滑らせ、指と指を絡めてぎゅっと握った。 「あっ、あっ、はぁ、う」  腰を小谷の足の間に押し込みながら、間近で小谷が感じている顔を堪能する。 「小谷」 「にいがき、んっ」  涎が垂れている締まらない口にキスをした。 「んっ、んんっ、ふっ、う」  深く口づけると、小谷が積極的に舌を絡めてくる。指がピクピク動き、両足は新垣の腰を思い切り締め付けてくる。 「ごめん、ちょっと激しくする」  抜けるギリギリまで腰を引き、思い切り打ち付けた。 「ぁ」  小谷が力いっぱい新垣の手を握り返し、身体を強張らせてガクガクと痙攣する。ヒートの時はただ欲を吐き出すだけの獣じみたセックスだったから、今日は最後まで優しくしたかった。もう我慢の限界だった。ピストンすると、小谷が悲鳴を上げた。 「いあッ、まって、深、い、あ、イクッ、イクッ!」 「うっ……く!」  小谷が息を詰め、ガクガクと大きく身体を震わせた。ナカがぎゅうっと締め付けされ、精子が搾り取られる。小谷の性器は勃ったまま射精した様子はない。射精を伴わずオーガズムに達したようだ。  ビクビクと小刻みに痙攣するナカからゆっくり硬さを失った性器を引き抜く。精子が溜まったゴムを外し口を縛っていると、小谷がうつ伏せになり腰を高く上げた。 「今度は後ろからシて」  先程まで新垣のモノが収まっていた穴からは人肌に温まった潤滑剤が垂れ、誘うようにパクパク口を開けていた。硬さを失っていたそこが再び硬さを取り戻す。こちらは文字通り搾り取られて不発気味なのだ。小谷がその気なら、徹底的に付き合ってもらおう。  ブー、ブー、と不快な振動音で目が覚めた。いつの間にか眠っていたようで電気は付けっぱなし、頭の下に枕はなく首が痛い。辛うじて布団は掛けてあったが、いつ掛けたのか記憶にない。音を頼りに放り投げたスマホを手探りで探し画面を見る。姉からの着信だった。家に連絡を入れてなかったことを思い出し、渋々応答する。 「はい」 「あんた今どこに居るの!?」  寝起きで姉の金切り声を聞くのはかなり堪える。 「誰?」  新垣の腕枕で眠っていた小谷を起こしてしまった。結、と答えながらスピーカーに設定する。小谷が画面に寄ってきた。 「夕飯どうすんの? とっくに冷めてるわよ」 「いただきます」 「えっ、小谷くん!?」  画面の向こうで結が狼狽えた。新垣も、突然発揮された小谷の社交性に吃驚した。 「今日は唐揚げだよ。たくさんあるから早く帰っておいで」  姉の媚びるような声が気持ち悪いと思いながら電話を切る。 「別に、無理して今から帰る必要はないからな」 「大丈夫。唐揚げ食べたいし」 「じゃあ風呂入って帰るか」  母さんの料理はごく普通の一般家庭レベルで特別美味いわけではないと思う。なのに何故か小谷は母さんの手料理が好きらしい。ふたりきりの甘い時間が唐揚げに負けたは悔しいが、小谷が食べたいと言うなら仕方がない。 「やっぱり髪切ろうかな」  洗い場で小谷が髪を洗いながら言う。湯船に浸かって肘をバスタブの縁に乗せ、適当に返事をする。 「いいんじゃない?」 「髪の毛舐められるの気持ち悪かった」 「そうかよ」 「なんか新垣、機嫌悪いね」  誰のせいだよ、と思ったけど言わなかった。反対に小谷はすこぶる機嫌が良い。小谷が髪に付いた泡を落として湯船に入ってきた。新垣の膝を割り、間に収まる。 「ヒート以外でも新垣から求められて嬉しかった」  そう? と意外に思って聞けば、うん、と小谷が頷く。 「俺って魅力ないのかなとか、やっぱり女の子の方がいいのかなって考えたりしてた」  初耳だ。聞いてくれれば、すぐにそんなことないと言ってやれたのに。 「でも、セックスは嫌いだろ?」 「相手が新垣だったら、セックス自体は嫌いじゃないかも」  小谷が曖昧な言い方をする。これは素直に喜んでいいのだろうか。 「ヒートで発情している時は自分が自分じゃないみたいで嫌い。オメガってだけで性的な目で見られたり、セックス好きみたいな偏見な目で見られるのも気持ち悪い。だから性行為自体を嫌悪してたのかも。言いたいこと、何となくわかる?」 「オメガであることへの劣等感と行為自体を切り離して考えられるようになったってこと?」  小谷が新垣を振り返り、そう、それ! と声を上げた。やっぱ新垣頭いいね、と言いながら、小谷が新垣の手をとって自分の腹の前でクロスさせる。ご要望通りご満悦の小谷を後ろから抱きしめ、少しでもオメガであることの劣等感が払拭されたことを嬉しく思う。  濡れた服を着て外に出ると、雨はすでに上がっていた。路面はまだ濡れていたが、雨上がりの空は空気が澄んで星空がとても綺麗に見えた。

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