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散って儚き紫の 彼の人の笑顔を思えど あとに残るは風ばかり 昭和20年5月。 一番上の兄である智兄さんは 医学を学ぶ為 東京の大学に進んだが 肺を病んでしまい 志半ばで実家に帰ってきた。 病の性でこの戦でも赤紙は来ず 村の人間からは後ろ指をさされ 辛い想いをしていた。 夜、悔し泣きをしている兄さんの嗚咽を 僕は何度か廊下で聞いた。 ここ数年は病が進行し 人里から離れた山手の家を父が借り そこでひとり、療養生活を送っていた。 僕は中等学校からの帰りに こっそりと兄に会いに行くのが日課だった。 「兄さん、誠一兄さん!」 兄は写生帳を手に縁側に座り 庭にある、まだ蕾の藤の木を描いていた。 「兄さん、起きてて大丈夫なの?」 「和、また来たのか?母さんに叱られるぞ!」 「大丈夫!今日は母さんに頼まれて届け物に来たんです」 はい、これ・・・と兄の前に砂糖で煮た芋と卵をだす。 「久しぶりに配給で砂糖が手に入ったんだって。卵は滋養に良いからって」 兄はふわりと笑って写生帳を閉じ 僕の手から包みをとり 「ありがとう。母さんによろしく伝えて」 と云い、またふわりと笑った。 「あ・・・兄さん、裏山にB-29が落ちたそうです」 「昨夜のあの音・・・そうだったのか」 「うん。僕たちは今日、その残骸を片付け・・・・」 ガタン!! 裏口から大きな音がして僕の言葉はその音に消された。 お前はそこでジッとしていろと云って 兄は立ち上がり裏口に向かった。 暫くして兄が僕を呼ぶ声に 僕は恐る恐る裏口へ向かうと そこには頭から血を流した異国人らしき男が倒れていた。 「和、手伝ってくれ!」 「で、でも・・・兄さん・・・」 「分ってる!でも、今は手当てをしないと!!」 兄と僕とでなんとか寝室まで運び 布団の上に横にすると 兄は男の胸に光っている物を手に取り 「ジョウ・R・イガワ・・・日系兵士か」 そう呟くと手早く止血をし 男の頭に包帯を巻いた。 痛みからから 苦しそうに顔を歪めて眠る男の顔を見ながら 僕は兄に云う。 「兄さん・・・憲兵に届けなくて良いんですか?」 僕の言葉に兄は一つ溜息を吐き 「和・・・今、彼を動かしたら死んでしまうよ。敵兵とは云え、彼も同じ人間だ」 「でも・・・敵兵を匿ったと知られれば兄さんも・・・」 その僕の言葉に寂しげに笑う兄。 「和・・・俺なんかお国の役にも立てず  父さんや母さんのお荷物なだけで・・・  そんな俺が出来るのは今、眼の前の怪我人を助けることぐらいだ」 それくらい、させてくれないか?と視線を落として笑う。 その時の 兄の笑みを僕は今でも忘れられずにいる。

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