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第2話
一寸先は闇。
その闇の中、呪い蔵の地下牢が立ち現れる。
木格子の升目の奥に垣間見えるのは、縦横無尽に交差する組紐に吊るされた無数の鈴と呪符。
赤・白・黄・緑・紫の五色を撚りこんだ紐は俗に|厄除紐《やくよけひも》と呼ばれ、古より神社仏閣で重宝されている。
もしこの場に第三者がいれば、呪符と鈴をぎっしり掛け連ねた幾何学模様の囲いの美に感じ入ったかもしれない。
実際のところ呪符や鈴できらびやかに装飾され、綾取りじみた複雑さで交わる組紐が描き出す情景は、万華鏡の模様や極彩色の蜘蛛の巣に見立てられないこともない。
五色の紐がしなだれる天は、されど低い。窓が切られていない為全体が薄暗く、息苦しい閉塞感が漂っている。
|穴蔵《あなぐら》、正しくそう呼ぶのがふさわしい場所。肝心の畳が敷き詰められてないのでは座敷牢の条件すら満たせない。
呪符の短冊や金銀の鈴が吊るし雛の如く垂れる牢の中心に、和装の少年がいる。
顔の造作は判然としない。大きめの布で目隠しをしてるせいだ。
ともあれ外気に晒された部位は小造りに整い、口角が下がり気味の唇にそこはかとない緊張が滲む。艶やかな光沢帯びた黒髪は襟足で切られ、細い鼻筋が秀麗な面差しを仄めかす。
羽織っているのは質素な灰色の袷だけ、足は寒々しい裸足ときた。襟元から申し訳に覗く素肌は嗜虐をそそる生白さで、稚児趣味がある御仁は大いに食指をそそられるはず。
「八十、八十一、八十二……」
少年―……練は、安請け合いを後悔していた。
『地下牢は神さんの寝所じゃ。汚すなよ』
『くれぐれも騒ぐでないぞ』
地下牢の面積は八畳ほどか、剥き出しの地面は綺麗に均されてこそいたが、殺風景な土壁のそこかしこが抉れている。凄まじい衝撃で陥没したようにも見える。
組紐が鈴と呪符の重さに撓む。
片や、練は正座を続ける。
「九十七、九十八、九十九」
目隠しに遮られた視線を正面に固定し、揃えた膝の上に拳を置き、張り詰めた静寂に身を浸す。
牢内には蝋燭一本もない。
「百」
ちりん、鈴が鳴る。
手の内がじっとり汗ばみ、小刻みな震えが全身に広がりゆく。
「一、二、三、四、五」
七周目。また最初から。
わざとゆっくり数え、瘴気の圧を耐え忍ぶ。
「神さん」の正体や姿形に祖母は言及しなかった。口にするのを避けているきらいさえあった。
『人間と同じく神さんや化け物にも相性がある。特にきゅうせん様は選り好みが激しい、誰にでも憑くとは限らん』
きゅうせん様。
それが神様の―……否。練がこれから受け入れる、神か化け物かもわからない「何か」の名前。
『きゅうせん様は面食いだ。顔の綺麗な人間を好む。何故目が見えないのに顔形がわかるのか……ともかく練、お前の取り柄はその顔じゃ。茶倉の一族には美形が多いが、お前は環の若い頃より整った顔をしてるよ』
皺ばんだてのひらが練の顔を挟む。
落ち窪んだ眼が剣呑な光を孕み、孫の目を覗き込む。
『その顔で、その肌で、きゅうせん様を虜にするんじゃ』
膝に食い込む爪の痛みで震えを制し、唇を噛む痛みで、今すぐ立って逃げ出したい己をこの場に縛す。
「五十、五十一、五十二」
プツリ、霊力を束ね上げた組紐の繊維がちぎれる。
プツリプツリ、また裂ける。
「七十三、七十四、七十五」
大丈夫。怖ない。
ご先祖直伝の結界が働いとるさかい、悪いもんは入って来れへんておばあちゃんも言うとったやん。
これは試練、度胸試し。
おばあちゃんは僕が嫌いでお仕置きするんちゃうよ、これさえ乗り越えれば認めてもらえんねん、どこんちにもあるツウカギレイてやっちゃ。
「八十五、八十六、八十七」
せやけど暗いのは怖い。じめじめした牢屋は嫌や。ホンマははよ出たい、出とうて出とうておかしゅうなりそでたまらんねん。
「九十七、九十八、九十九」
足、めっちゃ痺れた。誰も見てへんなら崩してええかな?おばあちゃん千里眼やしばれるかな。せめて座布団ほしい……
「百」
ずずず、ずずず
地面を擦る異音。
咄嗟に腰が浮く。
ずずず、ずずず
何故鈴が鳴らない?結界が破られた?いや、そもそもどこから沸いた?
頭が真っ白になる。
逃げろと本能が命じる。
ずずず、ずずず、何かが極端な緩慢さで這ってくる。もうすぐそこまできてる。
目隠しに手をかけ、凍り付く。
『お姿を見たら最後、命はないぞ』
耳の奥にこだまする脅しに怯み、弱々しく手を下ろす。
地下牢にいる間、目隠しをとるのは禁じられた。逆らえば折檻が待っている。竹定規でぶたれるのは嫌だ。
壁伝いに進み、木格子に縋り付き、声変わりもしてない声で助けを呼ぶ。
否、呼ぼうとした。
できなかった。
四方に張り巡らされた組紐。一番高いのは天井近く、一番低いのは踝の位置。
ただでさえ周囲は暗く、練は目隠しをされている。
案の定、行く手を遮る組紐に躓く。しゃんしゃん、うるさく鈴が鳴る。したたか体を打ち付けた痛みに悶絶し、恐ろしい真実に気付く。
この組紐は、生贄を閉じ込める仕掛け。
『目は見ず、音はたてず、行儀よくお迎えするんじゃ』
この鈴は脱獄を妨げる鳴子の代わり。入れへんためやのうて出さへんための―
刹那、因果が裏返る。
唯一の肉親にだまされたのを遅まきながら理解し、地面を搔いて絶叫する。
誰も来ない。助けてくれない。ここは使用人に忌避されている、進んで近付きたがる物好きは皆無。
どんなに喉を嗄らし叫んだ所で地上に声は届かず、目隠しを外した所で組紐の突破は困難。牢には錠も下りている。
擦り剝いた膝と肘がひりひり疼く。何かが近付いてくる、這ってくる、組紐の隙間をすりぬけて覆いかぶさる。目隠しを剥ぎたい衝動に駆られる。『見たら死ぬぞ』嘘だと理性が否定する、そうとは言いきれないと本能が警鐘を鳴らす。
「やだ、来んな、蹴っぽるで」
震え声を張り上げ、精一杯脅す。目隠しが汗と涙で蒸れる。
両手を振り回して抗うも、かえって組紐が絡み付いて動けなくなる。
組紐が四肢に絡まった状態で往生際悪く這いずる練の脚を、ねちゃりと触手が掴む。
「!!ッひ、」
嫌悪と恐怖で喉が詰まる。
大胆に裾を割って潜り込む触手に総身鳥肌立ち、狂ったように暴れだす。
コイツがきゅうせん様?
数時間前に春画で見た大蛸が瞼の裏に甦る。
女体を凌辱する異形の怪物。
「うァっ、ァああ」
しゃんしゃん鈴が鳴り響く。節くれだった触手が華奢な四肢に巻き付いて締め上げる。
袷の下の素肌を暴き、秘された脚の奥を辱め、股間と肛門にぬちゅぬちゅ粘液を塗していく。
「ふぁ、あ」
自分の体がどうなってるかわからない、滅茶苦茶にされるのを見たくない。触手が襟をはだけて乳首を捏ね回し、かと思えば敏感な内腿をねっとり這い、繰り返し会陰をなであげる。
「やめ、くすぐった、ンんッ」
生まれてこのかた感じたことない悪寒と表裏一体の快感が、ぞくぞく肌を駆け上がる。
ああ、祖母が着物を用意したのはこの為か。
「ぃッ」
器用に動く夥しい触手が着物をひん剥き、体の裏表を完膚なきまで蹂躙する。
背中のみみず腫れに粘液を塗し、刷りこみ、ぬぢゅぬぢゅとなで回す。
「嫌やっ、堪忍、おばあちゃん助けッ、ぁぐっぁ」
触手が傷痕をなぞる都度、ぴりりと新鮮な痛みが散り咲く。
体を引き裂く痛みを性器への刺激が蹴散らし、会陰の膨らみを揉んでいた触手の先端が、ずぷりと後孔を突き刺す。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁああ」
背中が弓なりに仰け反る。
触手が、きゅうせん様が、胎内で激しく暴れる。
練の後ろに出たり入ったりし、前立腺を強く突き上げ、さらには前に回り込んで半勃ちのペニスをもてあそぶ。
莢に包まれた陰茎が育ち、膨らみ、むず痒く疼きだし、睾丸が張り詰め、触手が先端を剥き、体の変化に頭と心が追い付かない練がパニックを引き起こす。
「ごめんなさっ、あぁっ、もォ蔵で遊ばんからッ、あぐッ、許し、ちらかさへんて約束する、ええ子にするからおねがッ、あッぁッ、はよ迎えにッ、嫌やっもっ苦し、ぁあっあ、変なとこさわらんといて、たすけてくださいっ」
汗と涙を吸った目隠しが顔に張り付く。しゃんしゃん鈴が鳴り騒ぐ。
練は死に物狂いに懇願する。
「もお口ごたえせえへん、左利きも言葉遣いも頑張って直す、禊もサボりません、なんもかんもおばあちゃ、様が気に入るようにするさかいに!」
自分を無慈悲に犯す異形の存在に、ここにはいない祖母に助けを求める。
少年の哀訴を無視し触手がずんずん腹を突く。顎が外れんばかりに口をこじ開け、真っ赤な粘膜を犯し尽くす。
「んンっ、ぐっ、ん」
触手が喉に詰まる。きゅうせん様に命乞いは通じない。
ひょっとして、殺されるん?
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
尿道を駆け抜ける灼熱。ペニスが痙攣し、びゅるるるると弧を描いて生ぬるい液体が迸る。
恐怖の絶頂で失禁するも、さらさらした尿が途中でもっと粘った感触に変わる。
「ッは……?」
勢い余って顔にはねかかった白濁が淫靡な化粧を施す。悪夢のような精通の瞬間も、目隠しのせいでただただ理不尽に戸惑うしかない。
続けざまぐったりした体にのしかかり、両脚にそれぞれ別の触手を巻き付け、大股開きで固定する。
「ぁッ、ぁッ、あぁッ、堪忍ッもっ、腹ぐちゃぐちゃすなッ、奥ンぐっ、ゴツゴツ当たるっ」
触手には醜悪な肉腫さながら、グロテスクな節が存在した。
不気味に脈打ち蠕動するその瘤が粘膜を絶えず刺激するのに加え、節の位置が前に後ろに移動し、直腸の襞を巻き込むのだからたまらない。
「ひっ、ンっぐ、ぁあッ、ふぁッあ」
いっそ気を失ってしまえれば楽なのに意識は明瞭なまま、股間から内腿を汚す白濁を、触手が退化した口でぴちゃぴちゃ啜る音と感触まで伝えてくる。
『一体何の為に手によりをかけて苗床を耕したと思っておるんじゃ』
前に傾いだ体を組紐が受け止め、血と尿と精液が一緒くたに滴る下半身に触手が伸びる。
「あッ、ぁッ、あッ」
じゅぷじゅぷ泡が潰れる音を伴い後孔をほぐし、寸胴の触手が胎内を耕す。漸く性感に目覚めた幼い体が悦び、真っ赤な組紐を裸身に絡め堕ちていく。
どうしようもなく不浄で邪悪な感覚。自分が苗床に作り替えられていく絶望。
別の触手は練の精液を搾り、うまそうに啜っていた。
茶倉練がきゅうせん様の正体を知るのは、この二年後だ。
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