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第10話

「結婚おめでとう」 彼にそんなことを言う日が来るなんて。 「ありがとう」 彼は笑った。 雪のふる午後、偶然を装って彼に声をかけた。 彼を呼び出すなんてできなかったのだ。 もう5年にはなる。 忘れたことのなかった彼は大人になって、もっと素敵になっていた。 ふわりと巻いたマフラーの中から、あの大好きだった屈託のない笑顔。 今でも彼からは甘い匂いがする。 自分にだけわかる匂い。 発情期でもないのに。 それに胸が痛んだ。 発情期でもないと自分のオメガの匂いも分からないのに、彼のはわかる。 今でも。 彼は結婚した。 そう人伝てに聞いた。 たまらず会いに来てしまった。 どうしようもないのに。 彼は首に首輪を巻いていた。 マフラーの隙間からそれが見える。 噛み跡隠しではない。 番の噛み跡ならオメガは誇る。 彼がしているのは噛みつき防止の首輪。 結婚した彼がそれをしているのは、相手はアルファじゃないということだ。 ベータだと彼は言った。 でもそれは20才を過ぎて、もう埋め込み式の抑制剤が使えない彼には、リスクがこれからも付きまとうことを意味していた。 アルファと番にならない限り、発情期の危険は付きまとう。 だから20才までにオメガはアルファを探すのだ。 番がいようと、アルファは発情したオメガに反応してしまうのだから。 彼は発情期に振り回されて生きていく。 それを選んだのだ。 アルファと番になって、他のアルファからの危険から解放されるよりも、そのベータの男と生きていくことを望んだのだ。 オメガがアルファを選ばないことは珍しい。 互いに惹かれるものだから。 自惚れではなく、アルファに傷つけられたからだろう、と分かった。 彼はオメガとアルファの在り方がすっかり嫌になったのだと。 だって。 それは自分も同じだからだ。 アルファとオメガの関係ほど醜いものはない。 「許してないよ。今だって」 彼はハッキリ言った。 それが嬉しかった、とおもうのは。 間違いだろうか。 「幸せに」 そうは言ったけれど それは半分は嘘だった。 そして半分は本当。 彼を裏切ったのだ。 だから彼を番にしない。 本当は彼も番にしたい。 愛してるのだ。 だが、自分のオメガを手放せない。 手放せないのだ。 どうしても。 憎くても。 嫌いでも。 アレは自分のオメガだから。 彼を愛してる。 きっと彼がオメガじゃなくてもあいした。 だから、アルファとオメガのしがらみから解放してやらなければならなかった。 だから。 諦めた。 愛してなければ、ぜったいに手放すものか。 番にしてなかったとしても。 彼は自分のオメガだった。 それこそ運命の。 でも。 こんな地獄に彼までまきむことはない。 彼は笑った。 もちろん、幸せになる、と。 「愛してる」 でも言ってしまった。 彼は顔を強ばらせ、走り去ったから、彼もそうだと分かった。 まだ愛してくれている、と。 彼が落としていったマフラーを拾った。 彼の匂いがした。 それを吸い込んだ。 涙はもう出なかった。 マフラーを抱きしめて、家へと帰る。 オメガが怯えて待っている。 でも、怯えだけではないはずだ。 そうされるのが、もう嫌いじゃないだろう。 アルファに応えてしまうのがオメガだから。 毎日毎日。 オメガで楽しんでいる。 そのうち孕むだろう。 孕ませるためにしているのだから。 まだ孕まないのが不思議な位だか、生まれた子供を愛せるか分からないし、孕ませたら楽しめなくなるからそれはそれでいい。 閉じ込めて。 責め苛む。 苛烈に抱いて、泣かせて。 オメガでさえ気絶する程に抱き潰す。 壊れかけたオメガ。 ただただ毎日、酷く抱かれるだけのオメガ。 泣いて許しをこうても許さない。 嫌だと泣いても、絶対するし、始めたら「気持ちいい」「止めないで」となるまで終わらせない。 入れて欲しいと自分から言わせるまで虐めもする。 心をズタズタにして、そのくせ、イキ続ける姿を嘲笑いながら楽しむのが好きだった。 オメガは自分のアルファの身体には絶対に反応してしまうのだ。 アルファが自分のオメガを手放せないのとそれはおなじだった。 どうしても手放せない。 彼を愛しているのに手放せないのだ。 なら、こうするしかない。 でも。 たしかに。 それだけが彼がいない穴を埋めてくれる。 オメガは必要だ。 生きて行くために。 アルファになど。 生まれたくなかった。 そう思った。 オメガよりも。 アルファの方が縛られている。 アルファは選べなかったとしても。 オメガが必要なのだから。 おわり

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