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門を潜り 庭に足を踏み入れれば 「今日はそこまで」 聡一さまの声。 弟子の一人が一礼し部屋を出る。 聡一さまは動かれず そのまま箏に指を沿えられ弦を弾かれた。 気付かれぬように そっと 聡一さまのお傍近くまで歩み寄る。 爪弾いておられるのは 雲井曲だった。 俺は瞼を閉じ 聡一さまの奏でる 箏の音を聴き入りながら 聡一さまが 初めて 俺に見せて下さった笑みを思い浮かべる。 儚く美しい笑みだった。 袖に手をやり針を指で摘む。 瞳には聡一さまの笑みを映したまま 俺はゆっくりと閉じていた瞼を開き 右目に針を刺す。 「・・・っ!」 刺した針から走る痛みで 洩れてしまった声に 箏の音が消え 「誰だ?」 聡一さまの声。 聡一さまの 美しい指から生まれでる 清らかで凛とした箏の音は消えても 俺の瞳の中には まだ あの聡一さまの 儚く美しい笑みがあった。 俺は左目にも針を刺す。 「・・・っ・・!!」 鋭く走った痛みは やがて歓びに摩り替わり 俺は愛しい方の名を呼んだ。 「聡一・・さま・・・・」 「春太・・・?」 「聡一さ、ま・・・」 「お前・・・何故、此処に!」 「聡一さま・・・何処に・・・何処においでなのですか?」 「春太・・お前・・・」 「俺にはもう・・・聡一さまのお姿が見えません」 「春太・・・!」 箏の弦が何本も押えられ弾けた耳障りな音。 そして 畳に擦れる衣の音がして 俺の躯に感じる聡一さまの体温。 初めて聡一さまから触れられ 俺は喜びで震えた。 俺の頬を伝う 両目から流れ出た温かな鮮血が 聡一さまの指に触れる。 その指が 血をなぞり 閉じられた瞼に触れれば 「春太、お前!」 聡一さまの怒鳴り声。 その声に微笑めば 「なんて馬鹿なこ・・と・・を・・・」 聡一さまの声が震えた。 そして 膝の上に置いた俺の掌に零れる雫。 泪・・・? 聡一さまが 俺の為に 泣いて・・・ この 俺の為に 嘆いて下さっておられるのか・・・? 「俺の瞳の中の聡一さまは・・・  あの夜・・・俺に下さった聡一さまの笑みだけです。  あの美しい聡一さまのお姿だけを映しております。  だから・・・俺を・・・・  聡一さまにずっと・・・お仕えさせて下さい。  俺を・・聡一さまのお傍に・・ずっ・・と・・・・・」 弦を爪弾くように 想いを込め 言葉の音を弾けば 見えなくなった俺の瞳に 聡一さまの唇が触れ 俺の唇から生まれでた歓喜の音を 聡一さまは唇で受け止めて下さった。 この瞳が あなたの光になれるのなら ずっと そう思っていた けれど アナタがソレを望まぬなら この瞳を閉じよう その頬の傷痕を見るなと云うのなら それが あなたの言付けなら 美しい姿のままのアナタを 瞼の裏に焼き付けて コノ手デ コノ瞳ヲ 永遠に閉じよう アナタガソレヲノゾムナラ 闇に堕ちて やっと 俺は 聡一さまと 一つになれた。 了

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