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第16話

ルースは迷惑そうな顔をしながらアルトが差し出した花をぶっきらぼうに受け取り、お礼も無く立ち去ったので、とうに捨てられた物だと思っていた。 アルトはその時初めて、お互いの想いに気が付いた。 ルースが目をあまり合わせてくれなかったのも、指先が触れると慌てて離されたのも、嫌悪からでは無く、愛情を隠していたからだと。 全て知ったのは、ルースが死んでしまった後だった。 アルトが嘆き悲しむ中、教会の裏では秘密裏にルースの復活の儀式が行われていた。 死ぬ事さえ許されないルースは、人間では無い存在として蘇る事になる。 死ぬ前の記憶を無くし、悪意や嫉妬で染まった人間の血を食らって生きていた。 プラチナの髪の毛は黒く染まり、赤いルビーの瞳は血の色に変わっていた。 ルースをこの姿にした信者や神官長は、全員、蘇ったルースに血を吸われて死んでいた。 記憶も無く、何故生きているのかも分からないルース。 ただ、人の生き血を吸い生きていた。 一方、王家では謎の他殺事件の解明に追われていた。 血を吸われ、ミイラ化した謎の死体。 殺されているのは全て、男である以外の共通点が無い。 アルトを含め、7人の騎士も捜査に繰り出していた。 そんな中、1人の人物が浮かび上がる。 漆黒の長い髪の毛の男。 容姿は息を飲む程の美貌とスラリとした美しい男性で、胸ポケットに白い陽輪花(ようりんか)の花を入れていると聞いて、アルトの心臓が高鳴る。 陽輪花とは、あの日、アルトがルースにプレゼントした花だったのだ。 死んだ筈のルースな訳が無いと思いながら、ようやく追い詰めた人物の姿を見てアルトは愕然とする。 顔や体躯の作りは変わっていないが、美しく澄んでいたルビーの瞳は赤黒く血の色になっており、眩いばかりのプラチナの髪の毛はカラスの羽のように漆黒に濡れた色になっていた。 剣を突き付けても怯える様子は無く 『殺してくれ……』 その瞳からは赤い涙が流れ落ちて行く。 「化け物め!」 フランシスが振りかざした聖剣の前に、アルトは飛び出してルースを抱き締めた。 すると、ルースが 『痛い……触るな……痛い……』 人ならざる者になったルースにとって、存在そのものが神に近いアルトに触れられるだけで針に刺されるように痛むようだった。 怯えるように身体を丸め 『殺せ……殺せ……』 赤い涙を流し、死を乞い願うルースにアルトがキスをすると、ルースが血を吐いて苦しみ出す。 『お前、怖い。来るな!痛い!苦しい!』 自分の存在が、目の前の愛する人を苦しめてしまう。 ルースをどうにもしてあげられない事に打ちひしがられているアルトに 「アルト!何をしている!そいつはもう、お前の知っているルースでは無い!」 フランシスが叫んだ。 すると、人ならざる者になったルースがピクリと反応した。 『アルト?』 名前を呼ばれ 「ルース!僕が分かるの?」 そう叫ぶアルトに 『アルト……、これ……アルト』 ブツブツ言いながら、胸元の白い花をアルトに掲げた。 『もう……眠りたい……。アルト……殺して……アルト……アルト……』 白い花に語りかけるルースに、アルトは涙を流しながら 「違うよ、ルース。その花は、アルトじゃない。僕が……僕が……アルトなんだ」 そう話しながら、アルトは自分の手首を短刀で切り血をルースに飲ませた。 『嫌だ……、もう、血を……飲みたくない』 抵抗するルースの唇にアルトの血を垂らすと、ルースがもがき苦しみながら血を吐いてのたうち回る。 壮絶な姿に、フランシス達は恐怖で動けなくなっていた。 アルトは逃げるルースを捕まえて、泣きながらルースの口にアルトの血を垂らし続けた。 すると、漆黒の髪の毛がゆっくりと綺麗なブロンドの髪の毛に変わって行く。 赤い涙が透明な涙へと変化すると 「アルト……」 美しいルビーの瞳が、アルトを見つめた。 「ルース、一人にしてごめん」 そっと頬に触れられると 「長い悪夢を見ていた」 遠くを見つめる瞳に、アルトはルースの身体を強く抱き締めた。

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