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第1話

(ゆう)」    聞こえるはずの無い懐かしい声がした。  振り返らなくても、その声の正体が誰なのか分かった。  忘れたくても忘れられなかった、愛しい人の声。  たった一言、名前を呼ばれただけなのに、全身に鳥肌が立った。  でも俺は、振り向けない。   「優。迎えに来たぞ」    気づかないふりをして立ち去るつもりが、その言葉に思わず振り返った。   「……は? 馬鹿じゃねえの。何言ってんだ、琢磨(たくま)」  高校の卒業式に別れて以来、六年ぶりの再会。  記憶よりも男らしくなったスーツ姿の琢磨がそこにいた。  今日も朝から代わり映えのしない一日だった。  事務員として勤めている弁護士事務所。  いつものように残業をして、いつものように最後に事務所を出る俺が、鍵を閉める。  ビルを出て、軽く飲みにでも行こうかと歩き出したところで、いるはずのない琢磨が現れた。    灰色の日常が、突如鮮やかに色づいた。    だけど俺は、それを喜ぶわけにはいかないんだ。絶対に。    琢磨とは中学からの親友だった。  俺がゲイだと唯一話したのが琢磨で、分かった上でずっと親友でいてくれた。    琢磨への恋心に気がついたのは高校に入った頃。ずっと密かに想っていた。  高三の夏に、突然告白されたときには舞い上がった。  親のいない時間があれば、俺たちは馬鹿みたいに抱き合った。    だけど俺はゲイで、琢磨はノンケで。  たぶん琢磨は俺に出会ってなければ普通の恋愛をしていただろうと思うと、気持ちにブレーキがかかった。  琢磨の間違った人生を、正さなければと思った。    大学は受かった中から琢磨に知らせていない所に決めた。離れられるならどこでもよかった。  カミングアウトで親には勘当され、図らずも琢磨との接点が完全に無くなった。    二度と会えないはずだった。  その琢磨が、今、目の前にいる。   「元気だったか? 優」  優しい瞳で俺を見つめて、やっと会えた、と破顔した。 「……なんでここが分かった?」 「おお、マジ金かかったぞ。優の親には出禁食らってたし、何年探しても見つからないしさ。探偵に頼んだらすぐだった」 「探偵……」  まさかドラマじゃあるまいし、と思ってしまった。本当に見つけられるんだな、探偵って。 「優。お前、卒業式で俺になんて言ったか覚えてるか?」  そんなの、忘れられるわけがない。  卒業式の何日も前から考えて、練習する度に泣いたセリフを。 『じゃあな琢磨。楽しかったよ、お前との恋愛ごっこ』 『もう目覚ませよな。どうせただの気の迷いなんだからさ。俺も、男同士のやり方が試せてよかったわ』 『ああ、もしもさ。大人になってもまだ俺のことが好きだったら、結婚してやってもいいよ』  法律上、できもしない結婚を持ち出して、お前とはもう終わりだと、暗に伝えた。  今でも時々思い出しては、泣いていたセリフ。 「お前が大人になってもって言うから、二十歳になったら迎えに来たかったのに」 「……は?」 「あの日の約束、叶えてよ」  約束って……なに言ってんだ。   「結婚しよう、優。大人になってもまだ……もっと好きだよ」  心が震えるほど嬉しかった。  涙がこみ上げてきて、慌てて顔をそらす。 「……馬鹿じゃねぇの。男同士は結婚できねぇよ」    琢磨に背を向けて、再び目的地に向かって歩き出した。   「おい、待てよ優」  琢磨が追いかけてきたけど放っておいた。  早く終わらせようと思った。  終わらせるには、今から行くところは丁度いい。    

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