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第7話
「優。実はもう一通手紙あるんだ」
「……え?」
琢磨は俺から身体を離すと、またポケットから封筒を取り出した。
「まさか……」
「うん。優のご両親から」
「は……なんで……今さら」
「大学卒業したあと、お前の消息が本当につかめなくなって、お父さん青くなって優のこと探したんだって」
「…………はぁ?」
さすがにそれは嘘だろう、あり得ないと思った。
だって俺は、勘当されて家を出たんだから。
そんな馬鹿な話があるわけない。
琢磨は俺の顔を見て、苦笑した。
「本当だよ、優。しばらく探して、あるとき住民票で分かることを知ったんだって。定期的に住所の確認して、ちゃんと生きてるって安心してたって」
……なんだ、それ。……だったら連絡くらい、くれたっていいだろ。
大学のときは、連絡先が分かってたって何も寄こさなかったくせに。
「……つうかお前、出禁食らってるって言わなかったか……?」
「ああ。優をたぶらかした男には何も教えんっ! ってね。でも優をもらいに行きますって言いに行ったら、探偵まで使って探し出したって知って、本気だってやっと認めてくれた」
「………………なんか、夢物語にしか聞こえないんだけど……」
「読んでみろよ」
そう言われて、恐る恐る封を開けた。
便せんは二枚。一枚目は母さんの手紙。
たまにこっそり会いに来てたこと。
逃げられるのが怖くて、声がかけられなかったことを謝っていた。
でもそれよりも信じられないことが書いてある。
『お父さんね。優が同性愛者だって話してくれたとき、それを誰かに話したか? って聞いて、友達に話したって答えた優に怒ったでしょう。あれは世間体を気にしたからじゃなくて、自分に一番に相談してもらえなかったことが悲しくて、すねてただけなのよ』
……は? 嘘だろう?
そんなことで俺は、六年も孤独に耐えたのか……?
「なんで……言わねぇんだよ……。連絡くらい寄こしたっていいじゃねぇか……」
「優は、なんで連絡しなかったんだ?」
「は? だって向こうが連絡して来ねぇのにこっちからなんかできねぇだろ……」
「そういう頑固なとこ、お父さんにそっくりだよな」
「……は?」
「お父さんも、同じだったんだよ」
「……なんだ、それ……」
ガキの喧嘩かよ……馬鹿じゃねぇの。
六年も……。
二枚目の手紙はきっと父さんから。
何が書いてあるのか早く確かめたくて、便せんをめくった俺は、面を食らった。
たった一行のその手紙に、俺は吹き出した。
六年ぶりの息子への手紙に、何書いてんだよ。
「何がおかしいんだ?」
「父さんの手紙」
「見てもいいか?」
「見ろよ」
「…………ふくまる屋の羊羹を買ってきてくれ……?」
「子供んときよくお使いで買ってきてたんだよ、そこの羊羹。まさか六年ぶりの言葉がそれって」
笑いが止まらなくて腹が痛くなった。
なにかよくわからない感情で胸がいっぱいだ。
「……ふっ……ぅ……」
気がついたら涙がボロボロ流れて止まらなくなった。
俺はもう孤独じゃないんだ。
父さんも母さんも、こんな俺でも息子だと思ってくれるんだ。
それから琢磨も、琢磨のご両親も……。
琢磨が幸せを運んできてくれた。
琢磨の首に腕をまわして、ぎゅっと抱きついた。
「お前……まるで天使みたいだな」
「え?」
「幸せを運ぶ天使。……全然、天使っぽくねぇけど」
「ははっ、なんだよそれ」
琢磨は笑いながら、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「週末、ご両親に会いに行こう」
「……うん」
「結婚の挨拶だからな」
「……は? だから男同士は――」
「パートナーシップと養子縁組とどっちがいい?」
「……本気?」
「当たり前だろ。お前と家族になりたい」
今まで感じたこともない幸福感で胸がいっぱいで、叫びたくなった。
「……うん。俺も、琢磨と家族になりたい」
二人で微笑み合ったあと、深く深く唇を合わせた。
琢磨のいなくなった世界は色がなくて、灰色で沈んだ毎日だった。
でも琢磨が、俺の世界に戻ってきた。
幸せをたくさん運んできた琢磨。
あたたかい愛で包んでくれる琢磨。
もう二度と、俺を離さないで。
ずっとずっと、そばにいて。
大好きだよ、俺だけの天使。
end
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