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 北京出張の宿泊先は会社の近くの三ツ星ホテルと決まっている。  レオンが泊まっているホテルからはタクシーで10分ほどだったが、ずっと手をつないで離してもらえなかった。それがうれしい。  チェックインもまだだった祐樹は、手続きを終えて部屋に入った。すぐに孝弘が訪ねて来て、顔を見るなりぎゅっと抱きしめられた。  スーツを脱いだ孝弘はカットソー素材の部屋着だった。ホテルについているバスローブやパジャマが好きではないので、孝弘はいつも薄手の部屋着を持参している。そんなことも一緒に出張するようになって知った。 「やっと二人になれた」  キスをほどかれ、ほっと体から力が抜けて孝弘の腰に腕を回した。ちゅ、ちゅっと唇を触れあわせる軽いキスをして孝弘が祐樹とおでこをくっつけた。 「今日、すごく楽しかった」 「そう? レオンと話、合う?」 「うん。楽しいよ、彼と話すの」  孝弘の質問に答えたら、今度はがっつりと舌を絡め取られる口づけをされた。 「ちょっと妬けたな」  孝弘の呟きに首を傾げる。  は? レオンに焼きもち?  きょとんと見上げたら、孝弘は困ったような顔をしていた。 「それはこっちの台詞なんだけど」  祐樹はきゅっと孝弘の鼻をつまんだ。 「え?」 「おれも留学生だったらよかったな」 「は?」 「それで孝弘の同室《トンウー》(ルームメイト)になりたかったな」  酔いに任せて本音をこぼしたら、孝弘は目を丸くした。 「え、なに? 俺と一緒に暮らしたいってこと?」  ちょっと違う。今現在の話じゃない。  5年前の、あの頃の孝弘と一緒に過ごしたかった。あの時、突き放したことをこんなにも勿体ないと後悔する日が来るとは知らなかった。  もちろん受け入れていたとしても祐樹は留学生ではなかったから、寮生活を供にすることはなかったけれど。  遊びにいった学生寮の質素な部屋を思い出す。  狭い二人部屋で必要最低限の物しか持たず、断水や停電がしょっちゅう起こる不便な生活を笑いながら楽しんでいた。あの頃の孝弘と一緒に過ごしてみたかった。一途に気持ちを告げて来てくれたあの孝弘と。  今さらないものねだりだとわかっているけれど。 「違うよ。レオンに妬いたのはこっちだってこと」 「そうなのか? レオンに妬くことなんか何にもないぞ」 「わかってるよ」  レオンは完全な異性愛者で、地元香港ではアッパークラスの出身だ。そのうち家柄の釣り合うお嬢様と結婚するだろう。  櫻花貿易公司だけでなく他にも事業を手掛けているし、経営手腕はかなりある。放っておけばぞぞむの趣味だけで突っ走ってしまいそうな櫻花公司を、ちゃんと収益の上がる仕事も受けてまともな利益を出せているのはレオンのおかげと言っていい。 「ただ一緒に学生時代を過ごしたのが羨ましいだけ」  孝弘は驚いた顔で祐樹を見て、それからちょっと微笑んだ。 「そんなふうに思ってたんだ?」 「うん、勿体ないことしたな」  今日は思ったより酔っているんだろうか。普段なら絶対言わないような過去のことをつい口にしてしまった。  そう言えば、北京のホテルのバーでぞぞむと話をしていた姿を見たときも、孝弘の横顔が楽しげで親しげで嫉妬したっけ。

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