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3週間の北京出張の時のことだ。
宿泊していたホテルで停電が起こり、エレベーター内に二人で閉じこめられるというアクシデントに遭った。暗闇の中でキスされて、衝動的になった孝弘に強引に部屋に連れこまれたのだ。
雄の顔を見せた孝弘に祐樹も煽られてしまい、お互いに触って触られて衝動的な快楽を分け合っただけだが、その触れ合いで心が乱されてどうしようもなく孝弘が好きだと自覚させられた。
その後、気分を落ち着かせようと最上階のバーに行ったら、孝弘がぞぞむと会っていたのを偶然見かけたのだ。
その時は後ろ姿だったから相手がぞぞむとは気がつかなくて、ただ孝弘の表情がとても親しげだったから、胸の中がざわついてイライラした。
直前に自分とあんなことをしておいて(事故に近かったけど)、何でもなかったような顔をして他の男と会ってるって何だよ、と理不尽な思いがこみ上げた。
今となっては、そのどれもこれもが懐かしいようなほろ苦いような……。
「俺も学生時代の祐樹に会ってみたかったって思うよ」
孝弘がそんなことを言ったので、祐樹はちょっと意外に思った。いつも前向きな孝弘は過去を振り向いたりしない気がしていたのだ。
「おれ? …すごく平凡だったよ」
「そうなのか? でも俺、日本の大学行ってないから、学生生活ってどんなふうだろうってやっぱり思うよ。どんな授業なのかなとかサークルって何だろうとか」
「高校の部活みたいなもんだよ。他大学の学生も入るから、ちょっと規模は大きくなるけど。体育会系じゃなければ」
「そうなんだ。どんな学生だった?」
「ホント普通だった。ほどほど真面目に授業受けて、サークル行ってバイトして」
「ふーん。バイトって何してた?」
「引越し屋」
「え?」
「何?」
「引越し屋?」
「うん。こう見えても結構力はあるよ」
小学生から空手を続けていた祐樹は細身のわりに力が強い。男四人兄弟で育っているから、小さいころは取っ組み合いのケンカも日常だったのだ。
「知ってる。ちょっと意外だっただけ」
「兄貴の紹介だったんだよね。大学生になったら親から小遣いはなしって家だったから、引越し屋は手っ取り早く稼げてよかったんだ」
「そうなんだ。肉体労働のイメージはなかった」
「どんなイメージだった?」
「なんだろ? カフェ店員とか塾の講師とか?」
「そういう女子が多そうなバイトはパスしてた」
「…なるほど」
自分が女子にモテることはよくわかっていたから、無用なトラブルを避けようとしての選択だった。孝弘は祐樹の考えがわかったようだ。
「かなりモテた?」
「それなりに。でも女子にモテてもね…」
祐樹はさらっと認めて肩を竦めた。
孝弘は黙って微笑み、祐樹にもう一度口づけた。
「祐樹、シャワー浴びよう」
手早く服を脱いで、向い合せに立ってお互いを洗い合う。大連に赴任してからほぼ同棲状態の近距離で住んでいるので、こういうことも日常的にある。
でもホテルのバスルームだとやはりいつもと雰囲気が違っていた。いつもと違うシャンプーの香りやタイルの色が自分の部屋じゃないことを意識させる。
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