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「やっぱり湯船っていいね」
「マジでな。やっぱ日本人は湯船だよなー」
夜でも20度を超える暖かさだった雲南省から大連に戻ってきたら、乾いた空気がとても寒くすうすうする感じがした。
雲南省では空気がしっとりと潤っていて草も木も青々と茂っていたなと、大連のぱりぱりと乾燥した空気を吸い込みながら思う。さすがに身体が冷えた感じがしたから、あたたかい風呂はほっとする。
「昨日は水シャワー浴びてたのにな」
「水シャワーもあそこでは気持ちよかったけどね」
「またああいうとこ、泊まりたい?」
「うん。結構楽しかった」
今回の旅行で二人が泊まっていたのはホテルではなく、バックパッカーが使う安宿だった。祐樹が泊まってみたいとリクエストしたのだ。
孝弘は安宿に泊まるのは反対しなかったが、ドミトリーに泊まるのは却下した。
多人房《トウレンファン》(ドミトリー)と呼ばれる5人部屋や10人部屋の空きはあったが、旅慣れていない祐樹の安全を考慮して、三人部屋を包房《バオファン》すると譲らなかったのだ。
包房とは貸切るという意味だ。二人部屋の空きがなかったからそうなった。
三人分の使用料を払って二人で使ったわけだが、よく考えたらせっかく旅行に来ているのに、ずっと二人きりになれないのもつまらないから、ちょうどよかったと祐樹は思った。
それにドミトリーが男女別ではないことにも驚いた。カーテンもしきりもなく、広い部屋にベッドがいくつも置いてあるだけだ。そのベッドの上が自分のスペースで、その代り宿泊料金は格安だ。
男女別の宿もあるが大部屋はだいたいこんな感じと孝弘に聞いて、それで包房したのかと祐樹は納得した。三人部屋を貸し切っても60元(約900円)と聞いて驚く。
安宿には風呂はなく、それどころかお湯も出たり出なかったりだ。
もうすぐ雪も降る寒さの大連とは大違いだと、頭ではわかっていたつもりなのに、実際行ってみて色々なことに驚いた。言語も食べ物も風景も何もかも祐樹の予想より大きく違った。
満月に少し足りない月を眺めながら、日本の田舎みたいな風景の田んぼ道を散歩して、久しぶりに聞く蛙の鳴き声や虫の音に懐かしさを誘われたりもした。
数日前に孝弘と眺めた少し足りなかった月はもうまるく満ちて、今夜は中秋節だ。ふとそれを思い出して無意識にため息をついた。
「どうした? やっぱり疲れた?」
ぼんやりしている祐樹に孝弘が気遣う声を掛けた。4泊5日の旅行は確かに疲れたけれど、孝弘のアテンドでとても充実していた。
「ううん。そんなに疲れてないよ」
首を横に振ったのに、孝弘はまだ眉をひそめている。
「そうか? 今日は早めに寝る?」
「違うよ。今日、中秋節だなって思っただけ」
その返事に孝弘は一瞬、虚を突かれたような顔をした。
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