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「さすがにムール貝は手に入らなかったんだけど」 「でも豪華だね。けっこう本格的?」 「わからない。実はパエリアって一回も食べたことない」 「ああ、そうだね。中国だと滅多にないかも…」 「ホテルのスペイン料理屋とか行けばあるんだろうけどな」  ほかほかのパエリアを皿に取り分けて「頂きます」と今日は新疆ワインで乾杯した。これもぞぞむが買い付けてきた櫻花公司の取扱い商品だ。 「あ、おいしい。魚介の出汁がよく出てる」 「ホントだ。やっぱあさりってうまいな」 「これ、何合作ったの?」 「何合になるんだろ? 米600gってパエリアの素に書いてあったけど。3~4人分だって」 「へえ。これで3~4人分?」  ホットプレートいっぱいのパエリアを見て、祐樹は「多くない?」と笑っている。 「残してもいいよ。明日、チーズかけて焼いてもいいし」 「それもおいしそう」  作りながらもうアレンジを考えてるのかとびっくりする。こういうところが料理上手な人は違うんだな。 「スペイン料理ってそんなにないよね」 「北京でもほとんど見かけなかったな。三里屯《サンリトン》くらいか?」  大使館街近くの繁華街には祐樹も連れて行ってもらったことがある。 「そうだね、あそこならあったかもね」 「広州や深センにはあっただろ?」 「だと思うけど、行ったことないな」  一人で飲食店を開拓するほど食にこだわりがない祐樹は、広州時代はもっぱら職場近くの飲食店や日系スーパーのお世話になっていた。仕事が忙しくて適当に済ませていたのだ。  たまにはデートに誘われてレストランで食事もしたが、セフレという認識だった彼らとそれほど頻繁に食事をしたことはない。 「そもそもスペイン料理になじみがないよな」 「うん。でもこれはおいしいよ」  本場の味は知らないが、パエリアはかなりいい出来だった。 「いつもらったの?」 「んー、3日くらい前? 女性と一緒に家入るとこ見かけてこんばんはって挨拶したら、これあげるよってくれた」 「ピエールってかなりモテるよね」 「俺が知る限り5人くらい出入りしてる感じ?」 「うん。中国人何人かとフランス人? ドイツ人?」 「聞いたことないけど、きれいな人ばっかだよな」 「そうだね。よく鉢合わせしないよね」 「だよな。でも中国人女性は積極的だって言ってたな」 「結婚して国外に住みたいと思うからじゃない?」 「多分な。祐樹は最近どう?」 「彼女紹介はほとんどなくなったよ」  赴任した当初は彼女を紹介しようと言うお節介を焼く人が数人いたが「日本人がいい」ときっぱり断っているうちに諦めたようだ。  すると今度は噂を聞いた大連在住の日本人女性がアプローチしてくることがたまにあるが、これまた「仕事が忙しくて」と誘いを断るうちに諦めてもらうことになっている。

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