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「祐樹、モテるからなあ」
「言うほどモテないって。海外にいるからだよ。駐在員って響きがいいんじゃないの」
「そんないいもんでもないけどな。駐在員なんて」
「実際を知らないからね。でもアジアはそんなに人気ないでしょ」
「中国はそうでもシンガポールとか香港だと話が変わるんじゃね? 一番人気はヨーロッパとか北米だろうけど」
「それはあるのかな。二コ上の先輩社員がマレーシア駐在決まって彼女にプロポーズしたら、北欧がよかったのにってあからさまにがっかりされたって」
「何だそれ」
「結婚してヨーロッパに住めるって期待してたらしいよ」
「こっちは仕事だっつーの、社命で行くのに彼女の希望まで聞いてらんねーって」
「だよね。でもヨーロッパ方面の駐在妻社会の話聞くとこわって思う」
「ああ、アジアはまだマシらしいな」
妻社会の序列は夫の会社の規模や役職に従っているようで、それはそれは気を使うものらしい。もちろん祐樹たち男社会にも暗黙の序列はあるからどこに行っても同じだろうが。
「そう言えば、祐樹の先輩でイギリスに赴任した人、どうなった?」
突然孝弘の口から思いがけない話が飛び出して、祐樹はドキッと心臓が跳ねた。
イギリスに赴任した先輩なんて一人しかいない。
「え? 何の話?」
咄嗟にとぼけてしまったけれど、孝弘は話を引っ張った。
「ずっと前、北京研修の時に、学校の先輩で結婚決まったけど祐樹に会いに来た人いたよな」
もちろん覚えている。
大澤のことだ。
中高一貫校の先輩で同じ会社の先輩同僚となった大澤が突然、北京で研修中の祐樹を訪ねてきて「ずっと好きだった」と告白したのだ。
祐樹は大澤のことは頼りになる先輩としてしか見ていなかったし、大澤にはたいていいつも彼女がいた。4歳も年上で精神的に落ち着いた大澤に高校生だった祐樹はずいぶんと甘えて助けられたのだ。
努力で女子を好きになろうと頑張って、でも女子に興味を持てない祐樹の葛藤や苦しさを理解してくれて、ずっと側にいてくれた。祐樹の初めての同性セックスの相手でもあり、会社に入って再会してからはセフレめいた関係だったこともある。
同情あるいは友情の範囲が広いのだろうと祐樹は思っていたが、大澤にとってはずっと気になる存在で好きだったと言われたのだ。しかも大澤はロンドン赴任が決まっていて、婚約もしているという状況で。
だからその告白は祐樹とどうこうなりたいというものではなく、結婚前にあいまいだった気持ちにけりをつけに来たというもので、大澤はこれまでそうだったように祐樹には何も求めてこなかった。
ただ自分が納得するために祐樹に会いに来て、中国の現状に驚いたり文句を言ったりしながらも最後のデートを楽しんで、すっきりした顔で帰って行った。
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