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「こちらこそ、わざわざ空港まで迎えに来てもらってすみません。高橋祐樹です、今回はお世話になります」
松本の住む大理から昆明まで車で5時間ほどかかるとさっき孝弘から聞いたのだ。申し訳なく思った祐樹に気がついたのか、松本はにこっと笑う。
「いえいえ。なかなか雲南まで遊びに来てくれる人はいないんで嬉しいです。それに仕事上の用事もあって昨日から泊まりで来ていて、今日大理に戻るスケジュールだったからちょうどよかったんです。中国名で松本《ソンベン》って呼んでください」
ふんわりした雰囲気とは違って、はっきりした性格なのかしゃきしゃきと話をする。いやそうだよな、そうじゃなきゃ中国で仕事やってけないよなと納得する。
「わかりました。おれも仕事じゃないんで高橋《ガオチャオ》で」
「そうします。じゃ、高橋《ガオチャオ》、行きましょう」
タクシーではなくチャーター車で市内に向かった。移動にしょっちゅう車を使うので運転手とはすでに友人のようになっているようで、孝弘も気軽な挨拶をしていた。松本が助手席、二人は後部座席に乗る。
真っ青な明るい空にまだ夏のような強い日差し。赤やピンクの花や緑の山や葉が茂った木々。色鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
人々の言葉も匂いも大連や北京や広州とはまるで違う。本当に外国に来たみたい、と祐樹はわくわくした。
「昆明はけっこう都会なんですね」
「もっと田舎町を想像してました?」
「そうですね、もっと農村のイメージでした」
大通りはきちんと整備され商業ビルが立ち並んでいる。来年の花博開催に向けて町中を開発中だから道路もビルも駅もあちこちが工事中だ。
「ここ数年で急激に発展したみたいです。私も以前の昆明は知らないけど地元の人が、古い街並みが軒なみ消えたって言いますね」
「中国全体がそうだもんな」
「でもちょっと車で走れば、まだのどかな田園風景だけどね」
松本が祐樹に向かって「高橋《ガオチャオ》、辛い物は平気ですか? 胃腸は丈夫なほう?」と訊ねた。
「中国に来て何度かあーこれはヤバいってことがあったけど、たいてい大丈夫」
「じゃ、平気かな。ダメな人はミネラルウォーターでもお腹壊しますからね」
「俺ら朝早かったし、すっごく腹減ってんだけど」
「はいはい。そうだと思ってレストラン予約しといた」
「雲南料理って全然イメージないんですけど辛いですか?」
「どっちかというと辛めです。雲南料理がダメでも普通の中華もありますよ」
「米線《ミーシェン》て言う麺がうまいよな、あっさりスープで」
「あ、それガイドブックで見た。米の麺だよね」
「あとで食べに行きましょう。おいしい店があるんです」
「松本はこっちの食事は慣れた?」
「まあまあ。でも北京の水餃《シュイジャオ》とか油条《ヨウティャオ》が懐かしい時ある。時々すごく食べたくなる」
「松本よく朝の屋台に行ってたよな、饅頭とか油条買いに」
「あれ、癖になるんだもん」
饅頭は具の入っていない肉まんの皮だけみたいな蒸パンで、油条は棒状にしたタネを油で揚げた軽い揚げパンみたいな食べ物だ。北京では朝の屋台でよく見かける。
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