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 北方の主食は小麦だから麺や水餃や饅頭をよく食べる。日本人がよく誤解するのだが中国で餅《ビン》という漢字は小麦で作る食べ物を差す。  春餅や荷葉餅(北京ダックのクレープ)や焼餅も小麦だし、クッキーなども餅を使うし、ケーキ屋を餅舗、ベーカリーを餅家と表記することもある。  現在は米も全国に流通しているが、長年の習慣で北方ではやはり小麦の主食の種類が多いのだ。大理にも焼餅や薄餅はあるが北京とは味がちがうと松本は言う。  レストランはきれいなビルの中の店で、おそらく駐在員である祐樹に気を使ってくれたんだろう。注文は松本に任せた。松本は苦手な食材や味付けを確認して手早くオーダーする。 「大理は生活しやすいですか?」 「悪くないですね。治安いいし物価安いし、北京ほど寒くないし、断水も停電も意外と少ないし、温水シャワーも大体出ますよ」  その程度でいいならたいていの地域で生活できるな、と祐樹は松本のたくましさを好ましく思う。確かにこういう人材でないと田舎の勤務は難しいだろう。 「松本も留学生寮で不便な生活に慣れてるから、どこでも平気だろ」 「まあね。でもホント生活はそんなに不便じゃないし、大理の人たち優しいよ」 「だけど昆明じゃなくて、大理に支部を置くのはめずらしいんじゃないですか?」  日本企業の支社ならまず昆明だ。 「そうですね。最初、ぞぞむも昆明に支部を置くか大理にするか迷ったんですよ。で、上野《シャンイエ》と3人で工房回って話し合って、やっぱり昆明じゃなくて大理にしようってなったんだよね」 「それはどうして?」 「大理を起点にしたほうが工房が回りやすかったのと、大理で店を開かないかって声が掛かったんだよな」 「ん? 店もあるんだ? 櫻花珈琲?」 「いや、カフェじゃなくてみやげ物屋。うちの職人が作った商品を置いてる。今、松本が着てるワンピもそうだけど。アンテナショップって言えば聞こえがいい?」 「そんなかっこいい店じゃないけどねー。普通のみやげ物屋だけど、うちのオリジナルを多く置いてます」  松本が明るく笑い飛ばす。 「大理はバックパッカーとか長期滞在の外国人がたくさん来るんです。それで洋食レストランやカフェなんかもそこそこあるから、普通にコーヒーやカフェオレが飲めるの。だからうちがわざわざカフェを出す必要はないだろってぞぞむが言って」 「で、みやげ物だけに絞ったんだ。飲食店だとどうしても厨房とかスタッフや仕入れが必要になるし、松本だけでは無理だろうって」  注文した料理が届き、三人でビールで乾杯した。昼から飲むビールは最高だ。雲南料理と言っても見た目には炒めものが多い中華料理だったが味つけは東北とは違っていた。確かに辛い。というか、ビールがすすむな。

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