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「この前泊まった田舎のホテルでさー、鍵担当の小姐が部屋のシャワー使ってや冷蔵庫に果物入れたりしてたからね」 「へー、やっぱまだあるんだ」  レオンの憤慨した言葉に孝弘が笑うと、祐樹が驚いた顔をする。 「そんなのあるんだ、レオンが泊まってる部屋なのに?」 「うん。田舎の方行くとわりとあるよ。ベッドに使った濡れたタオルそのままにして、冷蔵庫の果物知らないかとか訊くからさすがに怒ったら出て行ったけど」 「中国人用の宿じゃないよね?」 「一応、外国人も宿泊OKな宿だよ。二ツ星だったかな」 「けっこうあるよな、部屋の鍵をフロア担当が開けるタイプの安宿だと。宿泊客用の洗濯機、従業員がずっと使ってて使えないとか」  あーあるあるとレオンが苦笑する。自宅にシャワーも洗濯機もないんだから職場で使うのは当然という感覚だから悪いとまったく思っていない。  オフィス勤務でも文房具はもちろん、ひどい時には倉庫に入っていた商品の在庫なども持ち出されたりするから諸々、管理には注意が必要だ。 「ごめんね。祐樹さんにこんな話聞かせて」  レオンがすまなそうな顔をすると祐樹は「ううん、よくわかるよ」と返事をした。 「駐在員もやっぱ苦労してる?」 「そうだね。常識が違うからその感覚の違いを理解してもらうのが大変だね」 「それが当然で今まで育ってるからな。悪いなんて思ってないし」 「うん。こっちが驚くの見て、向こうが驚いたりするもんね」 「結局、信頼関係を築くのが一番難しいよな。日本的な感覚を理解してくれる人も頭のいい人もたくさんいるけど、信頼できるかっていうとなかなか見つからない」  孝弘のため息交じりの言葉に祐樹は深く同意する。 「いい人材は奪い合いだからね。櫻花公司みたいに留学生が立ち上げた会社のほうがうまくいく面もあるんじゃない? 中国事情をよくわかってるし、友人知人とか多いでしょ」 「それはあるかもな。ぞぞむは学生時代からかなり意識的に人脈作って来たから、ある程度日本感覚を理解してるスタッフが確保できてるもんな」 「そうだね。今までは何とかそれで回してたんだね」 「今後はスタッフの教育と育成が急務だな。レオンは各エリアマネージャーを香港から出すって言ってたけど進んでんの?」 「うん。とりあえず二人候補者絞ったから、春節明けから北京と上海に行ってもらう予定」  店舗展開が急激に進む中、櫻花公司も急激に変化している。孝弘は実働できないが、こうして進捗は把握していた。  孝弘がレオンと話しているのを、祐樹はビール片手に聞いていた。リラックスした表情だから退屈しているわけじゃない。  小姐を呼んでビールの追加と軽いつまみをいくつか頼んだ。いつの間にか、鍋はほとんど空になっていた。

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