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そう言えば、達樹からメールが来ていたな。
数日前、レオンが来ていた時だったからバタバタしていて返信するのを忘れていた。帰ったら返事を書かないと。
大きなのぼりの前を通り過ぎ、本屋が見えてきたところでふと思いつく。
孝弘は嫌がるかな? ちょっと考えて、たぶんそんなことはないだろうという結論になった。祐樹は踵を返して、春節大バーゲンののぼりを通ってカウンターに近づいた。
孝弘の誕生日当日は、会社近くの日本料理屋で中国式パーティを開いた。中国式なので、当然、手配も支払いも孝弘持ちだ。
食事会は中国人スタッフとの交流やねぎらいの意味が大きいから、孝弘は機会を見つけてはこうした場を設ける。
今日のメニューは海鮮ちゃんこ鍋コースだ。日本酒も好きな中国人スタッフは喜んでいたし、白酒が苦手な青木もほっとした顔をしていた。孝弘の手配はそういう意味でも安心だった。
白酒を勧められることが多い中国式宴会が好きではない青木だが、それでも孝弘の意見を聞いて宴会には必ず顔を見せた。その場に日本人トップが来てくれると言う面子が大事なのだと教えられたからだ。
「やっぱり冬は鍋ですねー」
朴栄哲がほくほくと湯気のたつ鍋を前ににこにこしている。日本酒を飲んでご機嫌だ。日本酒はまだそれほど流通しておらず、あっても庶民が気軽に飲めるほど安くない。だからこういう席で出されると喜ばれる。
祐樹は日本酒はさほど好きではないので黒獅ビールだ。
「この前、朴さんが教えてくれた水餃《シュイジャオ》の鍋しましたよ」
「あ、あれおいしいでしょう。うちの奥さんの自慢料理です」
朴は愛妻家でデスクに結婚写真を飾っている。別名、変身写真などと呼ばれている結婚写真では、清朝時代の公主の扮装で微笑んでいる奥さんは普通にかわいい女性だった。
「ええ、奥さんの手作り水餃、本当においしかったです」
以前、自宅に招かれてごちそうになった水餃子は、朴が自慢するだけの味だった。
スープ煮がおいしかったからそう誉めたら、奥さんがその場でレシピを教えてくれた。その朴家のレシピで水餃鍋をしたのだ。
「水餃も作ったんですか?」
「いえ、餃子は冷凍のを使いました。皮も具も作るって難しくて」
朴がくれたレシピには水餃の作り方も書いてあったが、粉から皮を作るのはやはり手間で冷凍水餃を使った。
冷凍水餃のいいところは種類がたくさんあることだ。猪肉白菜(豚肉と白菜)とか羊肉香菜(羊肉と香菜)、蝦仁芹菜(エビとセリ)、韮菜鶏蛋(ニラと卵)、三鮮(三種の具)など日本では見かけないものが豊富にある。
先週は、もっともポピュラーな猪肉白菜(豚肉と白菜)と三鮮(蝦と茸と芹)を使った鍋でを作り、冷凍でも充分おいしくできて孝弘も満足していた。
「皮厚めでおいしいですよね。スープで煮込んでも崩れないし」
「でも日本の餃子みたいに薄くないから簡単でしょう?」
幼い時から当り前に皮から作って来た朴には簡単かもしれないが、祐樹にとってはそうではなかった。
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