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 こちらにはスーパーで水を入れて捏ねればいいだけの水餃粉《シュイジャオフェン》というお好み焼き粉のようなものが売っている。  休みの日に孝弘と一緒に作って、思ったより難しくはなかったが、粉が手にくっついてうまくまとまらなかった。打ち粉をしながら何とかまとめたが、なかなか大変だったのだ。でも孝弘と一緒に作ったのが楽しかったし、できた餃子はちゃんとおいしかった。  買ってきた粉が3キロ入りだった(それが一番小さい袋だった)のでそれから何度か作っている。回数をこなすとコツがわかって上手になってきて、それを孝弘が誉めてくれるのもうれしい。  もちろんそんなことを朴に言うつもりはなかった。  表向き、孝弘とは親しい同僚ではあるけれど、頻繁に家を行き来していることは言っていない。近くに住んでいるから、時々一緒に食事する程度の仲だと思われている。 「日本では皮から作ったことないですよ。スーパーで餃子の皮買って来て、母が作った具を包むのがうちの餃子作りだったな」 「具は家で作りますか?」 「ええ。うちは兄弟が多くて食べる量が多かったから、作るほうが安上がりだったんでしょうね」  兄弟で競争して餃子を包んだものだった。たくさん具を入れてきれいに包むのは難しい。包むのは主に三男の達樹と祐樹で、上の兄二人がフライパンで焼く担当だった。ごま油のいい匂いがしてジュウジュウと音が立って、キッチン中においしい空気が漂っていた。  その横で母が山ほどのキャベツとニラを刻んで、父が大きなボウルでひき肉を練っていた。懐かしい実家の風景を思い出す。 「だけど皮から作る家はほとんどないんじゃないかな」 「上野さんの家は?」  朴が孝弘に話を振る。 「うちも皮は作ってなかったですよ。うちだと餃子じゃ小さすぎて包めないって春巻きの皮買って来て棒餃子にしてましたけど」  孝弘がそう答えて、それもいいですねと朴がうなずいた。家政婦と作ったのか、料理を教えてくれたと言う近所のおばあちゃんとの思い出なのか。もしかしたら父親かもしれない。 「日本の鍋貼《グオティエ》(焼き餃子)パリパリでおいしいですよね。たくさん食べられますし」  日本に1年間、語学留学していた張秀高が話に入って来た。  中国では残り物かまかないのイメージが強い焼き餃子だから、日本の中華料理屋に行って焼き餃子が一般的なことに張はとても驚いたらしい。餃子は主食なのにご飯と一緒に食べることにもびっくりしたと笑う。  食べてみたらその味にやみつきになって「餃子の王将は中国進出しないかなあ、日高屋でもいいんだけど」と本気で言っている。

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