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「市内に日本風の鍋貼、出す店ありますよ」
「え、本当? どこに?」
「へえ、鍋貼出す店、あるんだ」
聞いていた孝弘も興味を示した。
朴と張が市内の餃子屋の情報交換をはじめ、祐樹はそれを聞きながらビールを飲んだ。大連在住の日本人は年々増えていて日本料理屋も増えている。中には日本の餃子やラーメンを出す店もあって、中国人にも受けがいい。
孝弘も話に入っているのを見て、日系スーパーで餃子の皮が売ってたら買って来ようと思いつく。日本式にキャベツ入りの焼き餃子を作ってみるのもいいかも知れない。
中国では餃子と言えば白菜が主流だ。思い出したら久しぶりに焼き餃子が食べたくなって、今度の休みには餃子を作ろうと祐樹はこっそり決めた。母にメールしてレシピを訊かないと。
「この後は僕は失礼するよ」
食事会だけで青木は先に帰り、孝弘と祐樹はカラオケにもつき合った。
朴から課題曲と言われていた「毎天爱你多一些《メイティエンアイニートゥイーシェ》」を歌って、中国人スタッフから大きな拍手をもらった。うん、まあまあうまく歌えたと自分でも気持ちがいい。
「この曲、日本語では「真夏の果実」って言うんでしょ? スイカのことですか?」
と日本語をほとんど話せない李鴻が北京語で訊いてきたので、返事に困った。
ここで言う果実はたぶんスイカではないが、うまく説明できない。比喩表現だから具体的にどんな果実ってわけじゃないんだろうし……。酔いの回った頭で考えたが、うまい回答は見つからなかった。
「どうだろう、多分違うんじゃないかな」
困ってそう返事をしたら、李鴻は「そうですよね、もっと小さい果物かな」と納得していた。
そんな問題? 何か間違っている気もするが、北京語で適切な説明を思いつかなかったので「まあいいか」とうなずいておく。李鴻も本気で知りたいわけじゃないだろう。
部屋に戻って孝弘にその会話を聞かせたら「スイカかよ」と爆笑していた。
酔い覚ましに濃いめの緑茶を淹れた。孝弘はソファにだらしなく寝そべっていて、そういうリラックスした姿を見ると祐樹は嬉しくなる。
「ていうか、北京語版ちゃんと読んで気がついたけど、歌詞でも韻を踏むとこが中国っぽいよね」
「ああ。あれはもう体に染みついてるんだと思う」
孝弘が苦笑しながら説明する。
中国人が書く文章には独特のリズムがある。子供の頃から有名な詩や名文を多く暗記させられるからだ。
そして作文と言えばいかにきれいな文章を書くかが重視される。故事成語や名文の引用が多用され、韻を踏むのは当然で、文章の体裁をいかに整えるかが重要なのだ。
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