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ふたりの時間(4)
それでも20分くらい歩いただろうか…
僕らは、隣駅の近くのスーパーに着いた。
「なんで、わざわざここなんですか?」
もっと近くにもスーパーあるのに…
「ここの方が安いんだよねー」
「…へえええー」
知らなかった…
シルクさんて、おばちゃんだったんだ…
そして彼は、店内をじっくりと見回り…
野菜を数品…牛肉の塊…
そしてバケットをカゴに入れた。
最後に酒売場で、缶のハイボールを1本手に取った。
「あれ、いっぱい残ってるんじゃないですか」
「あーこれは、飲み帰り用…」
彼の言ってる意味が、よく分からなかった。
レジを済ませて…
僕らはスーパーを出た。
と、シルクはレジ袋の中から、
さっきのハイボール缶を取り出して、
プシュっと開けた。
ゴクゴク…とひと口飲んでから、
彼はそれを僕に手渡した。
「…いただきます…」
僕は立ち止まって、ひと口ゴクンと飲んだ。
美味いー
そしてまた、並んで歩き出した。
なるほど、飲み帰りって…こーいう事か。
そして僕らは…
そのハイボール缶をかわりばんこに飲みながら…
20分の帰路を楽しんだ。
自宅近くでそれは空になり…
シルクは自販機の横のゴミ箱に、それを捨てた。
なるほどーなんか合理的だ…
自宅に戻って…シルクは、
まずは冷蔵庫からハイボール缶を2本出した。
1本を僕に手渡した。
彼はそれを飲みながら…
買ってきた物をキッチンに並べた。
そして、まずは塊の牛肉を、パックから出した。
僕も飲みながら、訊いた。
「えーこれ、どーするんですか?」
「なんちゃってローストビーフにしようかと…」
シルクさんて…そんな事も出来るんですね…
ビックリして目を丸くしている僕にお構いなしに、
シルクはその塊を保存用袋に入れ、
そこに、塩コショウ、生姜にんにく、酒、ローリエ
などをぶち込んでいった。
「…」
僕は興味津々に、彼の手の動きを追っていた。
彼はそれを、電子レンジでチンした。
「それ、どういう工程なんですか?」
「常温に戻すのと、味を染み込ませるため…」
ほええー
「カオルは、料理とか…しないの?」
「…えーと…あの…」
実はその記憶も僕は微かに持っていた。
違う世界では、僕は調理師の仕事をしてるからね。
「…何か作りましょうか」
僕は言った。
「お願いします。何でもテキトーに使って」
僕は冷蔵庫を開けてみた。
使いかけの野菜やら、ハムやら…
水に浸かったこんにゃくやら…
もちろん卵も牛乳も常備されてる…
冷凍庫も開けてみた。
丁寧にラップで包んだ肉とか、
タッパーに入ったカレーとか、
パン粉や刻み海苔なんかも、ちゃんと冷凍庫に居た。
うわー
これ、独身バンドマンとは思えない…
おばちゃん主婦の冷蔵庫だ…
僕は、まず卵を1個、茹でた。
そして、玉ねぎとじゃがいもを取り出した。
あとは、すごく半端に残ってたズッキーニ…
ハムももらうか。
じゃがいもの皮を剥いて、ラップで包んでチンする。
僕が、そうこうしている間に、
シルクはフライパンで、例の塊肉を焼き始めた。
ジューーッ
良い音〜
外側に焦げ目をつけてから…
さっきの半端ワインをちょっと入れて、
彼はフライパンに蓋をした。
「フライパン…他にもありますか?」
「あるよー小ちゃいので良ければ…」
すごいなー
ホントに主婦のキッチンだ…
しばらくして、シルクは火を止め、蓋を開けた。
そして、塊肉を取り出して…
アルミホイルできっちり包んだ。
「あとは放置〜」
「そんなんで出来ちゃうんですねー」
卵が茹だったので…
僕はその空いたコンロに、小さいフライパンを置いて
バターと切った玉ねぎを入れて火を付けた。
「小麦粉…ありますよね?」
「あ、その下開けてみて」
シンクの下を開けると…
小麦粉だけじゃない!
めっちゃ色んな種類の粉や、乾物やらが
ぎっしり詰まっていた!
ますます主婦…
玉ねぎが透き通ったところで、小麦粉を振り入れて
更に炒める。
「牛乳も貰いますー」
そして牛乳を入れて、よく混ぜていく。
そのうちドロドロになる。
塩コショウで味を整える。
耐熱皿に、それを流し入れ…
ゆで卵、チンしたじゃがいも、輪切りズッキーニ
細かく切ったハムたちを、
少し埋めながら乗せていく。
そして、パン粉をパラパラとかけて…
トースターに入れた。
「へえー手慣れたもんだねー」
「…いや、それこそなんちゃってですけどね…」
シルクはそれから、
あり合わせの生野菜を切って、水に晒した。
それから、肉を焼いてそのままのフライパンに、
またワインを足して、火をつけた。
ドロドロとかき混ぜながら…
味を見ながら調味料を足していった。
「飲みながら料理…メッチャ楽しいですねー」
「うん」
シルクはハイボール缶をゴクゴク飲んだ。
「お前と一緒だと、尚更楽しいわ」
そう言って彼は…
また僕のくちびるに、軽くキスをしてきた。
ちょっとキュンとしてしまった…
僕はまた、とてもたまらない気持ちになった。
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