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やっとふたりの時間(3)

いったん僕の身体を拭いてから… サエゾウは、クローゼットを漁りにいった。 「…確かここら辺に…」 僕はハイボール缶を飲みながら… なんだか嫌ーな予感がしていた。 「あったあった…」 サエゾウはそう言って、 ちゃんと畳んでクリーニング屋の袋に入っている 『浴衣』を持ってきたー 「これ着てみてー」 彼は目を輝かせながら言った。 あーやっぱり… 宵待ちの月の人コスプレですか… いたしかたなく… 僕は言われるがまま…それに着替えた。 よくある温泉宿なんかで出てくるタイプの浴衣で、 難しい着付けの技術は要らなかった。 「うんうん…やっぱ似合うわー」 サエゾウはスマホを取り出した。 「ちょっとこっちの部屋来て」 彼は、隣の音楽室の方に、僕を手招いた。 そしてその部屋の、照明のリモコンを何度も押して、オレンジ色の照明に落ち着いた。 薄暗い部屋の真ん中に、彼は僕を立たせた。 そしてスマホを向けた。 「うんうん…超いい感じー」 サエゾウは、行ったり来たりしながら、 何回もシャッターを切った。 「ショウヤが羨ましがるだろうなー」 サエゾウはニヤニヤしながら呟いた。 ひと通り撮り終わると、 彼はその部屋のPCの電源を入れた。 それが立ち上がっている間に、 あっちの部屋の電気を消し… ハイボール缶を持ってきて、僕に渡した。 僕はそれを受け取って飲んだ。 「地球の飲み物も美味しいでしょ」 「…」 ヤバい、また何か始まったのかー 彼はカチカチと、PCのマウスを操作した。 やがて… スピーカーから、音楽が流れ始めた。 「…これ、俺の音源集だから」 サエゾウはそう言って…ハイボール缶を飲み干した。 「…」 心地よいギターの音が響いた。 まさに、サエゾウの音だった。 あの気持ちいい…サエゾウのギターだった。 そして何とも…世界観のある曲だった。 「…これ、バンドでやらないんですか?」 「やってもいいよーお前がメロディー乗せてくれるんならね」 カイの曲のとき… 自分でも驚くほど、 すんなり歌詞とメロディーが浮かんだ。 浮かんだ…というよりは、聴こえてきたのだ。 僕はその場に腰をおろして、目を閉じた。 流れるサエゾウの曲からも… 僕には、歌メロが聴こえてくるような気がした。 それは、宵待ちの月の歌…では無かったが。 僕はハイボール缶を飲み干した… サエゾウは僕の手から空き缶を取って、訊いた。 「もっと飲む?」 「…ううん…大丈夫」 彼はキッチンに行って、 ハイボール缶を1本だけ…開けながら持ってきた。 サエゾウはまたそれをゴクゴク飲んで、 僕に渡した。 「大丈夫って言ったのに…」 言いながらも、僕はそれをひと口飲んだ。 その缶を、PCのテーブルに置くと、 彼は僕の隣に座った。 そしてまた…改めて訊いてきた。 「どっから来たの?」 「…」 PCから流れる気持ちいい音楽が… ついに、うっかり僕のスイッチも押してしまった… 「…わかりません…」 僕は答えた。 「月に還るの?」 「…わかりません…」 サエゾウは、僕の顔を撫でながら続けた。 「なんでそんなに悲しそうなの?」 「…満月の日が…過ぎてしまったから…」 僕は空を見つめながら答えた。 頭のどこか奥の方で… 何言ってんだかって思いながら… 「大丈夫…俺がいるから…」 彼は僕の頭を、抱き寄せた。 「そんなに悲しい顔しないで…」 そして彼は、 僕の身体を背後から強く抱きしめた。 「…っ」 僕の首すじに、くちびるを這わせながら… サエゾウは、いやらしい口調になって言った。 「還りたくなくなるくらい…俺がお前を気持ち良くさせてあげるから…」 その、歯の浮くような台詞と、流れるBGMに… 僕はすっかり酔っていた。

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