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いつもと違うリハ(1)

その日はリハだった。 もう1曲、僕の曲を増やすことになったので、 それの練習が中心になる。 それから、サエゾウがさっそく、 宵待ちの月の人〜的な曲を作った話も聞いていた。 楽しみな筈のリハなのに… 僕の足取りは重かった。 僕は静かに…カイの店の重いドアを開けた。 「…おはようございます…」 「おはようー」 僕は黙って、カウンターに座った。 「ハイボール?」 「あ、はい…」 サエゾウは、また… 向こうで小さい音で、既にギターを弾いていた。 カイが出してくれたハイボールを飲みながら、 僕は煙草に火をつけた。 「おはよー」 シルクもやってきた。 「…おはようございます…」 シルクは僕の顔を見た途端に、言った。 「…なに、カオルどうしたの?」 「…えっ」 「具合悪い?」 言いながら、彼は僕の顔に手を伸ばしてきた。 「…っ」 僕はビクッとして、 咄嗟に、そのシルクの手を払ってしまった。 「…」 シルクは驚いて、茫然と僕を見た。 「…あっ…すいません…ビックリして…」 取り繕いながら僕は、自分の顔を押さえた。 「…体調悪いの?」 カイも訊いてきた。 「あ…はい、ちょっと…」 「じゃあ今日は、カオルの曲だけにしとくか」 「…」 シルクは、釈然としない表情で、向こうへ行き、 ベースを出して、セッティングを始めた。 僕は頭を抱えて、下を向いた。 シキに無理やり犯されたことで、 僕は、彼らを裏切ってしまった感に苛まれていた。 彼らの目を見ることが、辛かったのだ… 「そんなに具合悪い?」 僕の様子を見て、カイが言った。 「あ、いや…大丈夫です」 そう言って僕は立ち上がり…マイクの方へ向かった。 「あ、カオルおはよー」 「…おはようございます…」 サエゾウは、特に気にする事なく またギターに、目を落とした。 「じゃあ、カオルが元気なうちに、さっさとやっちゃおうか…」 カイがスティックを持ってやってきた。 「はい…すいません…」 サエゾウが、顔を上げて僕を見た。 「何、元気ないの?」 「…」 「なんか具合悪いらしいよ」 シルクが、ちょっと怒ったような口調で言った。 …せっかく僕の曲をやってもらうんだから、 ちゃんとしないとな… 僕は必死で、気持ちを切り替えた。 「準備できた?」 「うん」 「じゃあ、いってみよう」 そして、カイのカウントで、曲が始まった。 それは時計の音をイメージしたイントロだった。 ドラムと、ベースのリフで時計感を出し… それに歌が乗っていく。 そしていったん歌だけになる… の後、ガーッと、 ギターも入っての賑やかなサビに突入していく。 それは、子どもの頃に読んだ本のストーリーを イメージした曲だった。 時計が13時を打った時… 真夜中の庭への扉は、タイムスリップする… っていう内容の歌詞だった。 タイムスリップのぐちゃぐちゃ感を出したくて… ギターソロの最中のベースは、 わざとコードを外して作った。 ドラムも敢えて、 頭がどこなのか分かり辛いリズムにした。 たぶん、再現するのが、 とてもめんどくさい曲だと、自分でも思う… それを、この3人は、ほぼ完璧にやってのけた。 「…」 曲が終わって… 僕は、黙ってしまった。 カイが言った。 「どーだった?」 「…あ、はい…とてもよかったと思います」 「ギターあんな感じで大丈夫?」 「はい、とてもいい感じだと思います」 「…」 シルクは黙っていた。 「もう1回やろう」 「うん」 そしてまた、その曲が繰り返された。 終わって…僕はまた、黙ってしまった。 「…」 入っていけないのだ… こんなに完璧に、 この曲の世界を再現してくれているのに… 僕がこの歌の世界にいけないのだ… 「もう1回…やって、もらっていいですか?」 僕は言った。 そしてまた、カイのカウントから始まった。 僕は必死で…感性を研ぎ澄ました。 それなのに… カイのドラムも、シルクのベースも… 以前のように、僕の身体を犯してはくれなかった… サエゾウのギターも… 僕の身体を愛撫してはくれなかった… どんなに歌っても… 僕は、その…真夜中の庭に行けなかったのだ… また、曲が終わった。 僕は頭を抱えて…その場にしゃがみ込んだ。 「大丈夫か、カオル」 カイが、立ち上がって言った。 「また勃っちゃった?」 サエゾウは、いつもの感じで言いながら… 僕の肩に手を置いた。 「…っ」 僕はまた咄嗟に… そのサエゾウの手を払ってしまった。 「…」 サエゾウも驚いて、目を丸くした。 「…いや」 シルクが冷静に言った。 「いつものカオルじゃない…」 なんて事だ… この人達のサウンドが、 身体で感じられなくなってしまった… シキに犯されたことで、 僕の身体は… この人達と遮断されてしまったんだろうか…

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