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第8話(R18)
それから二ヶ月後の夏、透は周りにも伸也にも内緒で大学を退学した。昼は配達のバイトを大学に行くと言いながらして、夜はまた漫画喫茶のバイトへ行くのだ。
幸い、大学入学前に自動車免許を取っていたので、車での荷物の配達を任される。人と話すのは割と好きだし、愛想も良いのですぐに仕事に慣れていった。漫画喫茶の方も、落ち着いた店内なら絡んでくる人はいない。
透は長めの黒髪を揺らしながら車を降りると、ハッチバックドアを開けて荷物を取り出した。ここは古くからあるビル街で、道が狭く移動には注意だと、先輩に教えてもらったな、とドアを優しく閉める。
(もう少し貯めれば、引越しの準備もできる)
あれから、なんだか五感がハッキリしない日が続いているけれど、もうそんなのはどうだっていい。伸也が……伸也さえ笑っていてくれれば……。
「……透?」
ビルに向かおうと身体を向けたところで、聞き覚えのありすぎる声に思わず肩が震える。見るとやはりそこには訝しげに透を見る、スーツ姿の伸也がいた。後ろには女性を連れて。
「……しんちゃん……」
「今日は平日だよね、学校は?」
何とか誤魔化さなくては、と透は笑顔を作ると、休講になったんだ、と逃げるようにビルに入る。
すると、プライベート用のスマホが震えた。荷物を届けてから確認すると、いつもの守からの「今日も大学に来ないつもりか?」というメールと、伸也からの「帰ったら話がある」というメールが入っていた。
大学に行っていなかったことを咎められるのだろうか、と思うけれど、伸也の言う通りにしているのだ、アレコレ言われる筋合いはないだろう。
透はそれらには返事をせずに、次の配達先へと向かう。次からは住宅街が中心だけど、荷物の中にある人物の名前が見えて、透は顔を顰めた。
(また川上さんとこ、行かなきゃいけないのか……)
その人物は人当たりはいいものの、配達員と話をして引き留めようとするので、社員の間でも有名なのだ。透も例外ではなく、今日こそ短めに切り上げるぞ、と気合いを入れる。
「こんにちはー、今日は猪井くんなのね。毎日ご苦労さま」
川上の家に着いて玄関のドアが開くなり、出てきた女性が透を迎える。サインを貰うためにボールペンを渡すとサッとサインを書くものの、その間も彼女はずっと話していて、ボールペンを返してもらえない。
「そうそう! 美味しいお茶を買ったのよ、疲れたでしょうから一杯飲んでいって?」
「え、でも仕事中ですし……」
「いいからいいから。一杯だけ」
なぜか食い下がる彼女に、少し付き合えば気が済んでくれるだろう、とお茶だけ頂くことにした。てっきり玄関まで運んできてくれるものだと思ったら、上がってなんて言うのでさすがに遠慮する。川上は残念そうにするものの、すぐにそのお茶を持ってきてくれて、透はそれを早く帰りたい一心で一気に飲み干した。
「……美味しかったです、ごちそうさまでした」
「あら、もっと味わって飲んで欲しかったのに」
「仕事がありますので」
ボールペンを返してもらえますか、と手を出すと、なぜかボールペンではなく、川上の手が置かれた。
「まあまあ。……あなたこういうの、嫌いじゃないでしょ?」
え? と思う前に手を引かれ、玄関框 に座らされる。後ろ手に玄関ドアと、鍵を閉める川上が見えて、ザッと血の気が引いた。
「え、何を……」
立とうとして、足に力が入らないことに気付く。視界が歪んでふらつき、床に手を付くと、そんなに強くない力なのに押し倒された。
「……っ」
目の前がチカチカしだして目を開けていられなくなる。身体を這う女の手が気持ち悪いのに、過剰に反応して腰が跳ねた。
「怯えなくて大丈夫。私もちょっと飲ませてもらうだけだから」
何を、とは言えなかった。さっきのお茶に何か入っていたに違いない、と思うけれど、助けを呼ぶどころか、指一本まともに動かせない。ただただ与えられる刺激に従うしかなく、複雑に動く粘膜に包まれて呆気なく果てる。
「……あら、もしかして初めてだった? 可愛い顔してるのに、意外とウブなのね」
ごくりと喉を鳴らした川上は、まだ萎えない透をゆっくりと扱いた。再び腰が勝手に跳ね、小さな呻き声を上げた透は、力が入らない腕を無我夢中で振り回す。すると鈍い衝撃があり川上が短く悲鳴を上げ、手が離れた。
何だこれ? 何された? 気持ち悪い!
その隙に玄関框から転がり落ち、何とか服装だけ直してドアノブに手を掛ける。
「もうお帰り? 私も美味しく頂いたから……いいわ、帰してあげる。これは私と猪井くんの秘密よ?」
川上はそう言って、鍵を開けた。ドアが開くと同時に四つん這いになって必死で逃げる。またね、と言う川上の声が聞こえた気がしたけれど、それどころではない。
車に這い上がって乗ると、まだ視界がグラグラしていて運転どころじゃないと気付く。しかしいつまでもここにいる訳にもいかず、とりあえずスピードを落として車を発進させた。
この先に公園があるはずだから、そこで休もう。そう思って車を駐車場に停めると、ふらふらとトイレに駆け込む。
「はぁ……っ」
自分が何をされたのか、考えたくなかった。トイレの個室で飲んだものを吐き出そうとするけれど、荒い呼吸を繰り返すだけで、何も出てこない。
「……っ」
すると下半身がズキン、と痛む。不思議なことにずっと萎えない透の性器は、何か別の意志を持った生き物のようで怖くなった。
「嫌だ……っ」
股間を押さえると、それが刺激になってヒクヒクと肩が震える。
「──しんちゃん……っ」
助けを求めて呼んだのは無意識だった。しかし、その一言で今まで封印していたものが、一気に溢れてしまい、止まらなくなる。
透は滲んだ視界で、膨れ上がった自身の股間を見つめた。
嫌だ、それだけは。
特別な、大事な伸也を、そういう目でだけは見たくなかったのに。自分が自分じゃなくなったようで怖い。けれどもう、我慢できない。
「……しんちゃん、ごめん……っ」
いつも柔らかく微笑んでいる伸也。優しい声で、腕で、透を包んでくれる彼。
透はズボンのホックとチャックを外した。下着から取り出した熱をそっと握ると、ゾワゾワと背筋に何かが走る。
「……ッ」
罪悪感に苛まれることは分かっていた。けれどもう後には引けず、透の手はそこを扱き上げる。ごめん、ごめんね、とうわ言のように繰り返し、透はガクガクと腰を震わせた。
「……っ、うう……っ」
涙がボロボロと落ちてくる。嫌なのに、性欲に勝てなかった自分が更に嫌いになった。
こんな自分でごめんなさい。
──伸也が好きでごめんなさい。
やがて迫ってきた欲に透は抗えず、熱を吐き出す。しかもそれは一回では飽き足らず、何度も、何度も欲望の波に襲われ、心と身体の反応の乖離 におかしくなりそうだった。
やがて残滓でドロドロになった手で、ようやく収まった透の雄をギュッと握る。
こんな形で自覚したくなかった、と透は泣いた。
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