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第19話(R18)

「あっ、……ああっ! 気持ちい……っ、いいっ!」  ガタガタと、トイレのドアが律動に合わせて音を立てる。  透は個室のドアに腕をついて身体を預け、後ろから先程知り合った男に貫かれていた。  後ろの粘膜が擦られる快感、男の切っ先が奥に当たる圧迫感に、恍惚とした表情で透は腕で口を塞ぐ。  ここは【アジタート】のトイレ。今日も懲りずに伸也はやってきた。話しているうちにムカついてきたので、憂さ晴らしに伸也の目の前で男を引っ掛け、トイレに連れ込んだという訳だ。  透の腰がカクカクと震え出す。期待していた絶頂への前兆に、透はふうふうと息を殺した。 (イキそう……っ)  大きな波が身体の中でうねり、爆発の出番を今か今かと待っている。視界が霞んで目を閉じると、より敏感に刺激を受け取り、一気に波が押し寄せた。 「──ッ、ア……ッ!!」  下半身に力が入り、太ももがブルブルと震える。後ろを穿っていた男が息を詰め、それでも動きは止めずに続けた。 「すげ……、締まる……っ」  男の上がった息と共に出た言葉が、透を更に悦ばせる。呻きながら全身の痙攣に耐えていると、唐突に排尿感に襲われ、突かれる度に精液ではない液体が、ピュッピュッと出てきてしまった。 「あっ、し、潮吹いちゃ……ったっ!」  しかしこれはただの処理の行為だ。透は男を悦ばせるため、良すぎておかしくなっちゃう、と甘えた声を上げる。  やがて、(ほとばし)る精を男が透の中に放った。息も整わないうちに男は透から出ていき、身だしなみを整え透に金を握らせて、トイレから出て行く。 「……オレもイカせろよなー……」  消化不良に終わってしまった行為に、ぐったりしながら愚痴ると、透はようやく後処理を始めた。ここでやること自体は透的にも店的にも珍しくないのでいいのだけれど、今日は何だかモヤモヤする。  いっそ自分で抜いてからトイレを出るか、とも考えたけれど、それならもっと落ち着いた所でやりたいので、汚したドアを拭いて、身だしなみを整えて店内に戻った。 「……」  大音量の音楽が聞こえると同時に、伸也の姿が目に飛び込んできて顔を顰める。帰ったかと思ったのにまだいるのか、とため息をついた。  透は伸也を避けた席に腰掛ける。  あれから、伸也はしつこくこの店に来ては、透を連れ戻そうとしてくるのだ。さすがに店にまでは来ないけれど、多分この様子じゃ店もバレているだろう。  そして伸也は、目ざとくトイレから出てきた透を見つけてこちらに来るのだ。 「あれ? しんちゃんまだいたの?」  とっくに帰ったかと思ったのに、と透は敢えて笑うけれど、伸也は静かに隣に座るだけだ。 「いやー、アイツとヤッただけじゃ物足りなくって、一人で抜いてたら止まんなくて」  透はわざとそう言うと、伸也は顔は静かなものの、膝の上で拳を握るのが見える。そして、そういう物言いは止めなよ、と言われた。 「どーして? しんちゃん一人でしないの?」 「……」  透の問いに、伸也はスルーを決め込んだようだ。そう言えば、一緒に暮らしている間も、伸也はそれらしいことをしている様子はなかったな、と思い出す。 「あ、もしかしてしんちゃん、童貞?」 「……」  やはり何も言わない伸也。それなら、面白い話を聞かせてあげよう、と透は笑った。 「むかしむかし、あるところに一人の青年がいました」  透は大袈裟に身振り手振りをつけ、その青年の──透の、三年間を語り始める。 「その青年はなぜか絡まれやすく、行く先々で揉め事を起こし、バイトは長続きしません」  でもそんな時、家を出ていかなければならない事情ができました。そう言うとハッと伸也は透を見る。にんまりと笑った透は続けた。 「青年はお金を貯める為に学校を辞めました。そして、配達員のバイトをするようになったのです」  持ち前の明るさと、人懐こさで、配達員の仕事は上手くいっているようでした。あの事件が起こるまでは、と透は顔見知りの常連客に、ヒラヒラ手を振る。 「……事件?」 「そっ」  眉根を寄せた伸也。透は両手を組んで高く腕を上げ、伸びをした。 「配達先のおねーさんにね。盛られて咥えられてイカされて……漫画みたいじゃない?」  伸也の目が大きく開かれる。その様子に透は気分がよくなって、テーブルに肘をついた。そして手に顎を乗せ、あの表情で伸也を見るのだ。  視線は柔らかく目を少し細め、口角を少し上げる。肉欲を乗せたその表情は、透の武器だ。自慢じゃないが、これで落ちない男はいない。  伸也は瞠目したまま透を見つめ、動かずにいた。 「そのあと同居人の彼女に邪魔だって言われた青年は、大学の友達の家に逃げました」  透はその表情のまま語る。 「でも運命のイタズラか、青年はその友達にも襲われそうになりました」 「……っ」  伸也が息を飲んだ。この話は誰にも話したことがない。この界隈の住人は、そんなことには興味がないし、話したとしても「それで?」となるからだ。かまって欲しいなら、店の子にでも聞いてもらえ、と。  そして伸也は守を知っている。まさかあの子が、とでも言うような彼の顔に、透はますます気分が良くなった。 「友達の家を飛び出した青年は、仕方なく公園に泊まることにしました。けれど数日後、暴行を受けた状態で近所の人に見つかるのです」  透は艶然(えんぜん)と微笑む。対照的に伸也の顔は青ざめていて、彼は手で口元を覆った。 「そしたら、青年の中で何かの扉が開きました。最初の事件であんなに嫌っていたセックスが、とても気持ちよく感じたのです」 「透……」  震えた伸也の声が透を止めようとする。けれど構わず透は続ける。 「だったら、生きるために身体を売ろうと……天職はこれなんだ、と青年は思いました。そして次々と……」 「透、止めろ……!!」  伸也が叫ぶ。はあはあと息を切らし、顔を真っ赤にして、彼は透から視線を外した。そして、振り絞るような声で呟く。 「僕のせいで……っ」 「そうだね。でも、おかげで今の生活楽しいよ?」  ふふっと透は笑ってみせると、椅子から立ち上がった。  こんなこと、大したことじゃない。  伸也に突き放された時の痛みに比べれば、どうってことないのだ。 「しんちゃんは、この楽しい生活までオレから奪うつもりなの?」 「……っ、そうじゃない! けど、こんなの……!」  そう叫んで、伸也は言葉を止めた。周りから、睨まれていることに気付いたからだ。  透のように、こうならざるを得なかったひとは、ここに沢山いる。それを否定するということは、そのひとたちを否定することになるから。 「……今日はもう遅いから帰りなよ。襲われないように、気を付けてね」  透は伸也にそう微笑みかけ、アジタートを後にした。

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