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第29話
「透、僕は透ほどそんなに経験がある訳じゃないんだ」
「……それは……オレを基準にしちゃダメだと思う」
ベッドに並んで座り、互いの顔を見つめて、どうしてこんなことを話しているのだろう、と透は思う。
「……と言うか、経験はないに等しい、かな……」
「……え、元カノは? そういう雰囲気にならなかったの?」
透はストレートに尋ねた。伸也は元カノのことを、あまりいい思い出にしていないようだったから、聞くのを控えていた。けれど大人だし、ある程度の期間お付き合いしていたら、身体の関係があってもおかしくはない。
すると伸也は苦笑した。
「勃たなかったんだ……なのに妊娠したと騒ぐから、そういう雰囲気になるの、ちょっと怖くて」
なるほどそれは避けたくなる、と透は納得する。でもこれは伸也の問題だから、ちゃんと話してくれてるんだ、と少し嬉しく思った。
「……オレ、男だよ?」
「分かってるよ」
伸也は透の手を取る。その優しい手つきに、甘い痺れが背筋を走った。
「なんて言うか……ずっと可愛い弟だと思っていた子に、イケナイことをするみたいで……」
どうやら伸也は伸也で、あれこれ考えていたようだ。しかも伸也が透のことを好きだと自覚したきっかけは、初めておでこにキスをした時だと言うから、透は驚いて息を飲む。
「あれってオレが確か小学生の時……!」
「うん。引いた?」
困ったように笑う伸也に、透はぶんぶんと首を振った。そして彼を横から抱きしめる。
「そっか、話してくれてありがとう。しんちゃん、やっぱり大好き」
「……っ、透……だからね……?」
伸也は抱きついた透の肩を掴み、そっと離した。けれど、透は身体を伸ばして、伸也の唇にキスをする。
「ちょっと、透っ?」
慌てた様子の伸也が珍しくて面白い。透はなぁに? と唇を擦り合わせながら聞くと、目の前の幼なじみの顔が、どんどん赤くなっていった。
「なにって……っ」
「ふふ、しんちゃん可愛い……」
「こら透っ、ほんとに……やばいから……っ」
透はそれを聞いて動きを止める。赤い顔で、少し息を切らした伸也が、潤んだ目でこちらを見ていた。
「勃った?」
「う、……聞くなよ……」
でも本当に、心構えも準備もしていないから、今日は許して、と消え入りそうな声で言われれば、透は引き下がるしかない。いつも余裕で微笑んでいる伸也の初心 な反応に、透は気分がよくなって彼から離れた。
ずっと伸也の弟ポジションだったのに、ここで立場が逆転したのは自分でも呆れたけれど。
「透」
透が伸也の隣に再び座ったところで、彼に呼ばれる。返事をすると、思いのほか真剣な眼差しの伸也がいた。
「僕は、いつか透とちゃんとしたいと思ってるよ。……だから、僕の気持ちが追いつくまで、待っててくれる?」
伸也は後半、ため息をつきながら言う。やはり弟に手を出すような罪悪感が拭えない、と言われ、透は頷いた。
透もつい最近までは、そんなに深いスキンシップは必要ないと思っていたのだ。ハグやキスの延長で、したくなったらでいいよ、と透も話す。
「……まさかこんなにすぐに、この話をするとはね」
苦笑する伸也。本当に、透との長い関係を考えていてくれていたようで、嬉しくなる。
そして伸也はあと、と部屋を見渡した。つられて透も見渡すと、この部屋、もうすぐ更新なんだ、と呟く。
「おばさんに住所知られてるし、いい機会だから引っ越さない?」
透のスマホも番号変えて、と言う伸也は、母親から逃げる手助けをしてくれると言うのだ。ちゃんと離れよう、と言う伸也に、透は言葉をなくす。
母親を、完全に他人として見なければいけなくなることに、少し寂しさを覚えたけれど、彼女に縋っていれば透は間違いなく、もっと壊れていくだろう。逆に、伸也がいたからこの程度で済んでいたので、彼には感謝しかない。
「しんちゃん……。オレ、しんちゃんのこと大好きだよ」
「うん……」
目を細めて微笑む伸也。
「オレも、しんちゃんを支えられるように頑張る」
「透はそのままでも充分だよ……」
どちらからともなく互いにハグをし、軽くキスを交わす。一回では足りなくて、もう一度キスをすると、先程の熱がまた大きくなりそうだったので、二人して笑って離れた。
「さあ、ご飯の準備しようか。一緒に作ろ?」
「うんっ」
元気よく返事をすると、頭を撫でられる。くすぐったくて笑うと、伸也はまた、唇に触れるだけのキスをくれた。
「……何かしんちゃん、いっぱいキスしてくれるね?」
「……そうかな」
どうやら伸也は無自覚だったらしい。気まずそうに視線を逸らす。けれど動く気配がないので、透はクスクスと笑った。
「しんちゃん……ほら立って」
「あはは……」
苦笑混じりに伸也も立ち上がると、二人で部屋を出る。
やはり伸也も、迷ったりする普通の男なんだな、と透は内心ほっこりした。
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