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#1 コンパスとノイズ

 時緒(ときお)君は、とても頭の良い、男の子でした。 「えー、今回の最高得点は98点。……時緒だな」  今日も時緒君は、皆の苦手な数学Aの中間テストで、クラスで一番の成績を取り、先生から皆に名前を発表されました。  なのに、どうしてでしょう。  周りのお友達は、時緒君を称賛するどころか、道に落ちている嫌なもので見たように、いっそ嘲笑めいた溜息を漏らすのです。 「98点て。どうやって取んの、逆に。一問5点でしょ? 満点取るより難しくね?」 「阿呆な俺らに対する配慮じゃね。慈悲深い」 「優しいねえー。でも、却って激しく嫌味で失敗してるから。そこか、マイナス2点」  あはははは。お友達は、時緒君にも聞こえる笑い声とちくちくとした言葉で、盛大に時緒君を祝福をするのでした。  頭の良い時緒君は、その祝福が祝福ではないことを当然理解しています。  しかし哀しいことに、それは顔の周りを飛び交ういつもの羽虫のようなもので、2点の減点も、お友達への配慮などではなく、問いで求められた定理とは違う高度な式で、いち早く正解を出してしまったがゆえとの弁明もせずに、  ただ左の掌でひらり、ひらりとコンパスを廻し、その雑音を聞き流すままにしていました。  時緒君のコンパスは、針がとても長いです。  その先端は鋭利さを極め、廻すたびにぴかぴかと、星の旋回のような瞬きを放ちました。  コンパスは、切っ掛けは時緒君が3歳の時、お祖父様が戯れに与えたもので、自分の手でこれ程容易く正確な図形が書ける道具があるのかと、大層感動してそれ以来お気に入りの玩具、今ではお守りのような存在としていつでも掌に取り出せるよう、その身に離さず常備しているのです。 「おい時緒ー。コンパス回すな危ないからあー」  怪我でもされたら面倒と、一番を発表した時と同様、先生は機械のアナウンスのように義務的な台詞を放り投げました。  それでも時緒君はコンパスを廻します。  お友達の祝福もノイズ。先生のアナウンスもノイズ。  これから始まる、読経か読み聞かせみたいにつまらない講義もノイズ。  脳髄に溢れ返りそうなそれを、掻き回すようにコンパスを廻し続けます。  ぐるぐるぐるぐる、  ぐるぐるぐるぐる。

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