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プロローグ

 夢中になることはどんなことでも良いこととされているが、夢中になった結果六十時間以上寝ず、飲食せず、立ち上がらないことは良いことではない。  嵐の夜だった。雨が降っていることには気がついていた。コンコン、と窓を叩く音がしたが、雨の音だと思っていた。しかしノックの音は止まず、子どもの声らしきものも聞こえる。  しかし、ここは二階だ。窓を、まして子どもがノックするわけがない。  だから蘇芳多喜夜は自分が夢を見ているのだと思った。  ノックの音があまりにしつこいので、六十時間ぶりに立ち上がり、朦朧とした意識の中窓を開けてやると、嵐と一緒に二つの小さなたましいの形をした生き物が転がり込んできた。一匹は白くて、もう一匹は青い。背中には小さな翼が付いていて、頼りないそれで一生懸命羽ばたいている。よく、嵐に流されなかったものだ。  二匹は、びしょぬれのまま多喜夜の顔の前まで浮き上がって、舌足らずな口調で告げた。 「しゅおうたちや! おまえに言うことがある!」 「おまえんちの庭、まるでジャングル! 竜のかみさまはとってもおこっている!」 「すぐに手入れして、ちょうちょがあそびにくる庭にしろ!」 「それまで、おまえの目から、色をないないする!」  そうして二匹は目の前まで迫ってきて――  何が起こったのかは覚えていない。  しかし、次に目を覚ましたとき—―なるほど、多喜夜の目は色彩を認識しなくなっていた。  多喜夜は窓の外から、すっかり嵐が過ぎて晴れ上がった(しかし青くは見えない)空と、自分の所有している庭を見た。  あのふわふわしたたましい二匹の言う通りだ。色彩を失う前から、窓から見える庭はまるで悪い魔女の住む森のように真っ暗で、瑞々しいグリーンなどではなく、灰色一色だった。それでも植物たちはたくましく蔦を伸ばし、お互いに絡まりあって養分を奪い合っていて、多喜夜にはそれが恐ろしかった。そうして目をそむけ続けた結果が、この天罰である。  しかし、周りの建物には人は住んでいないし、植物たちも道路にはみ出ているわけではない。誰にも迷惑をかけていないと思っていたら、竜の神様とやらを悲しませていたらしい。    多喜夜は深く反省し、庭を手入れしてくれる人材を、インターネットで募集することにした。

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