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番外編: 裏0-3

 國木田と切磋琢磨しながら二人で法科大学院の入試に通り、法学部を無事卒業した三月に、その事件は起きた。  春休みなど関係なく、机の上に六法や分厚い参考書を広げながら勉強していたが、夕食のコンビニ弁当を食べる間だけは休憩だ。割り箸をぱきっと割ってからテレビをつけた瞬間、非日常が飛び込んでくる。  Ωの集まる講演会で毒ガス散布。どのチャンネルも緊急特番の編成になっていた。犯人は既に確保済み。後は毒ガスの定着した講堂内にどう入るかといった段階らしい。  ずっと勉強していたせいで、まさか昼間にこんな事件が起こっていようとは思いもしなかった。味気のない唐揚げ弁当を平らげ、新はテレビの電源を落とした。明日の朝のニュースでは、きっと講堂内部の状況が把握され、犠牲者の数も出ているだろう。  これはさすがに死刑だろうか。しかし報道されている犯人の言動からは、心神喪失とみなされる可能性も捨てきれない。新が考えたのはその程度で、すぐに机に戻って大量の判例集を読み耽った。  だから、深夜寝る前にもう一度テレビをつけたのも、特に何か意味があったわけではない。しかし、そこに映ったものはさすがに新の視線を釘付けにした。  生中継で例の講堂内部の映像が流されている。カメラは極力前だけを見ているが、端の方には遺体らしきものが転がっている。  死者の尊厳、生者の知る権利、報道の自由、遺族感情――争ったらどうなるだろうか。遺体報道についての議論など、様々な判例や論考が頭の中にカタカタと打ち出されていく。その時はまだそんなことを考える余裕があったからだ。  しかし、映像が講堂内に入り、ある二人を映した時、新の思考の全てが止まった。  個展が開かれるたびに何度も見た、篠原晶と奏多。間違いない。  いつもと違い、彼らはくるくる表情を変えて話すこともなく、ただ並んで目を閉じている。そうなってしまうと、彼らはますます人間ではなく人形のように見えた。  頭が冷たいのか熱いのか分からない、おかしな感覚。血の気がサッと下に降りてしまっているようで、思考を制御できなくなる。  あの子は?  恐ろしい考えが、頭を過ぎる。  まさか。まさか。両親に連れられて一緒にこの場に来ていたのではないか。晶と奏多の周りにそれらしい子供は見当たらないが、椅子の間に倒れていれば見えなくて当たり前だ。  テレビのリモコンがポロリと落ちて、足の小指にガツンと当たる。しかし、痛みを感じない。心臓が壊れるほどドクンドクンと脈打ち、真っ青になった顔を冷や汗が流れ落ちた。  その夜は横になっても眠ることができず、ただあの個展で見た幸せな家族のことを、何度も、何度も思い出していた。新の上で眠ってしまった旭を抱え上げる晶と、丁寧に頭を下げる奏多。  なぜ彼らがこんな目に合わなければならないのか、まるで見当がつかない。  カーテンの外から朝日が差し込み始めた頃、新はやっと自分が涙を流していることに気付いた。  死者計五十六名のリストが公表されたのは、月曜日の朝刊だった。篠原晶、篠原奏多の名前はあるが、その前にも後ろにも、篠原旭の名前はない。  あの子は無事だ。  僅かな光明に安心したのも束の間、彼は今両親の死を受け止めているのだと思うと、また胸が苦しくなった。  両親以外に面倒を見てくれる人はいるのか? 今誰とどこにいるんだ? もしかしたら負傷者として病院にいるのかもしれない。  気になることはたくさんあったが、何をすればいいのか分からない。  勉強にも身が入らない抜け殻のような状態。今まで勉強しかしてこなかった新は、これをどう解消すればいいかを知らなかった。  三日後、新は國木田の家の前に来ていた。学生用マンションの通路に立ち、チャイムを押そうとして腕を上げては下ろす。しばらく躊躇っていると、側にあったエレベーターがチンと音を立てた。 「え? えええ? 一条? 何で?」  コンビニの袋を下げた國木田が、新を前にして固まる。いつも勉強以外で会おうとしない堅物がここにいる――彼でなくとも驚くのは当たり前だ。 「なんかさ、元気ない? 目の下隈できてるし、ちゃんと食ってる? あ、これ飴ちゃん食べる?」  彼は白い袋からゴソゴソと大袋入りの唐辛子キャンディーを出した。辛いもの嫌いの新がいつものように返事をしてこないので、彼はさすがに何かを察したようだ。 「とりあえず、中、入る?」  新は黙って頷いた。  通された室内は、前に来た時と同じく足の踏み場もないほど散らかっている。 「その辺テキトーに座ってて」  座れと言われても床が見えない。新は仕方なくベッドに座らせてもらった。おそらく國木田も一日中ベッドの上で生活しているのだろう。枕の周りには馴染みの参考書や六法が散らばっていた。 「まあまあ飲んで飲んで。奢りだよー」  彼が持って来たのは炭酸ジュースのペットボトルだった。彼は新の隣にボスンと座り、ゴクゴクと自分のジュースを煽る。まるでビールでも飲んだかのように「プハァー」と息を吐いてから、彼は改めて新を見た。 「どした? ロー行く前のマリッジブルー? 何も変わんないって。どうせ正門入って左奥に進んでたのが、これからは右に曲がるようになるだけだろ?」 「……そうじゃ、なくて」 「ローじゃなくて旧試験受けとけば良かったってか? でもあんな移行期間終わりかけで旧に駆け込むなんて――」 「勉強のことじゃない」  新はペットボトルに入った真っ黒な液体を見つめた。 「え、嘘! お前が勉強以外に悩み?」  彼がいつも通り明るく話してくれるお陰で、少しだけ気持ちが楽になる。小さく深呼吸をして、新はあの事件のことを話し始めた。 「最近起きたΩの毒殺テロのことで、ちょっと……」 「被害者に知り合いとかいた?」  少し真面目になった彼の声に、小さく首を振る。 「知り合い、というか――」  報道に使われている篠原晶と奏多のこと、彼らに隠し子がいること、その子を心配していること。親にも話したことのない秘めた心を、ゆっくりと話した。 「俺は旭に助けられた。あの子が困っている時は助けると約束した。なのに、今俺は何もできないでいる。勉強しようとしても、今は他にやるべきことがあるんじゃないかと思ってしまって、何も頭に入ってこなくなる」  吐き出したらその分すっきりして、貰ったペットボトルをぐいっと煽る。炭酸はあまり飲まないせいで、新は軽くゲホゲホと噎せた。 「他にやるべきことがあるって思うんならさ、そっちやっちゃえば? スッキリすんだろ」  彼はいとも簡単にそう言った。 「あの子がどこにいるかも分からないのに、何ができる?」 「本当に何も手がかりはないのか?」  國木田の言葉を受け、頭の中にある法学以外の記憶を働かせる。 「画商の人……篠原さんたちが高校生の頃から付き合いがあったらしい」  徳光と呼ばれていた、人の良さそうな丸々とした男を思い浮かべる。 「よし、その人に会いに行こう」 「でもどこにいるかは――」 「今までの個展の案内とかあるだろ? その辺の連絡先片っ端から当たればいけるって」  彼はベッドの上に転がっていた携帯を「よっ」と拾い上げて何かを調べている。会場となっていたギャラリーに電話をかければ、そこは貸しスペースではなく徳光の所持する画廊の一つだったため、話は早かった。  彼は日中は外出しているが、少しすれば事務所に戻るだろうとのことだ。折り返しの連絡を丁重に断って、直接事務所のあるという画廊へ出向かせてもらうことにした。 「一緒に行くのか?」 「だってお前なんかウジウジしてんだもん! お前らしくなくて気持ち悪い! もっと図太くいけ!」  玄関で靴を履きながら、國木田にバシンと背中を叩かれる。いつもなら文句の一つも言うところだが、今は彼に感謝している。きっと自分一人なら、どうせ何もできることはないと一人閉じ籠るばかりだっただろうから。  徳光の事務所はギャラリーの入っているビルの最上階にあった。中々儲かっているのだろう。高く売れるという篠原の絵を取引しているなら、当然とも言える。  応接室に入ってきた徳光は、待っていた新を見た瞬間、「ああ」と驚きの声を上げた。 「覚えていてくださったんですか?」 「もちろん。旭君の絵を一番に気に入ってくれた人だ。随分身長は変わったみたいだが」  彼は笑いながら新の隣にいる茶髪の派手な男を見る。國木田は慌てて「ただの友人です」と答えた。 「その、旭、君のことなんですけど……ニュースであの事件のことを見て、その、篠原さんたちが……」  新の言葉に、ニコニコしていた徳光はガックリと肩を落とした。 「酷い話だよ。せっかくΩのための制度改革が進もうとしていたのに。変革を進めようとする分だけ反発というのもあるんだろうが……信じられない。あの子たちは早くに親を亡くしていてね、美大に行くのを諦めた彼らと契約して、僕は半分彼らの親のつもりでいたんだ」  芸術的な才能を持つΩはたくさんいるのだと話し、彼はこの社会を嘆いた。 「Ωにだって活躍できる能力がいくらでもあるんだと、芸術を通してアピールしてきたつもりだったのに、とても虚しい気持ちになるね。それでも、僕はまだまだΩの契約作家を切るつもりはないよ」  彼の声が少し明るくなってほっとした。 「旭君は今、どうしていますか?」 「奏多君にお兄さんがいたから、そちらにいるはずだよ。旭君の伯父さんだね」  とりあえず身寄りはあるようで、新は胸を撫で下ろした。 「それなら、良かった」 「それが気になってここに来たのかい?」  言葉に詰まった新の代わりに、國木田が口を挟んで来た。 「そうなんです。もうこいつ、その子のことが気になって気になって、勉強にも身が入らないみたいで、死にそうな顔で俺に泣きついてきて――」  彼の流れるような言葉を止める術を考えていると、徳光が声を出して笑った。 「そうだ、今年中にね、篠原さんを偲ぶ展示会をやるつもりなんだよ。今度お葬式で奏多君のお兄さんとも相談しようと思う。もし展示会が実現したら、旭君も来るかもしれない」 「展示会……」 「亡くなった人を利用して、品がないと思うかい? 一応、こちらに出た利益についてはΩのための寄付にしようと思ってるんだ。旭君もΩだし、あの子のためにも何とか、今のこの社会の空気を変えたい」 「あの子は……Ωだったんですね」  薄々そうなるとは思っていたが、確定すると何だか変な感じだった。 「うん、ご両親によく似た美人さんになった。昨日も一度会ってきたけど、かわいそうなほど元気がなかったよ。俊輔さん……彼の伯父さんは、『あの旭が泣いたんです』と一大事のように言っててね。あの子は中学に入って以降、本当に泣かない気が強い子だったそうだ」  あの子が悲しみに暮れているだろうことも想像はしていた。しかしいざこうやって話を聞かされると、身体の芯まで涙が染みてしくしくと痛むような気がした。  帰り道、電車の中で國木田はあまり話さなかった。いつもあれだけ喋るくせに、気を遣わせているのかもしれない。 「この事件、誰が犯人の弁護をするんだろうな。いや、そもそも検察は起訴するんだろうか」  珍しく、いやおそらく初めて、新の方から話題を振った。 「……お金がありそうな人じゃなかったから、国選弁護人が付くんじゃね? あんな重大犯罪で心神喪失なんて相当判断厳しくなるだろうし、普通に起訴するだろ。まあ、起訴までに国選弁護人は決まらないだろうな。そうなると勝率もほぼゼロだ」  スイッチを入れてやれば、彼はジュークボックスから流れるBGMのように話し続けてくれる。法曹を目指す日常に回帰するために、それは大変ありがたいことだ。きっと彼もそれを分かっていて話してくれている。  別れ際に、新は彼の顔を見て礼を言った。 「今日、お前のところに来て良かったと思う。旭が無事で、身寄りもあるんだと分かったら、後はもう俺もやれることをやるだけだ。きっとこの事件、遺族やマスコミも巻き込んで色々あるだろう。俺はやっぱりこの道を選んで良かった」 「っは、何お前、この国の未来のためにーってか? ラウンジで意識高い議論してる奴らみてー」  彼の笑顔に、新も珍しく口角を上げた。 ***  心を決めてロースクール生活をスタートさせてから二ヶ月も経たない内に、衝撃的な話が飛び込んで来た。まるで日常の連絡事項のように、母から入った一本のメール。しばらく家に戻ってこない彼女からの連絡を、新は横断歩道の信号待ちのついでに何の気なしに開いたのだ。 『Ω毒殺事件の佐川、私が弁護するわ。あんたが何か言われたらごめんねー』  文末には挨拶に使うような手のマークの絵文字。待っていた信号が青から点滅に変わっても、新はその場に立ち竦んでいた。  家に帰るのをやめて、駅から母の事務所方面へ向かって走る。運動や早く動くことは苦手だ。しかし今はそんなことも忘れて、自分比で最高速の走りを見せる。  来客がいようが関係ない。辿り着いた一条法律事務所のドアを、叩きつけるように開けた。  室内にいたのは瞳子と所属弁護士の晴海だった。 「どういうことだ!?」  血相を変えた新を前にして、瞳子は奥のデスクチェアに凭れたまま、表情一つ変えなかった。 「さっきのメールのこと? だって私、国選弁護人に登録してるもん。ご指名が来たから受けるだけ」 「そんなの拒否できるはずだ」 「みーんな拒否してるから私に回ってきたのかもね。どうせ誰もやりたがらないんだから私がやるよ。被疑段階からやりたかったけど、もう起訴されちゃったからなー。でもあの感じだと、心神喪失で不起訴でもおかしくなかったのに」  なんで、そんな軽く言えるんだ。なんで、なんで。  怒りで頭の中が真っ赤になる。 「母さんがあいつを弁護して、どれだけの人が悲しむと思ってるんだ? あいつが無罪になって喜ぶ人の数より、悲しむ人の方がずっと多い」 「そりゃ、そうだね」 「分かったようなこと言うな。もし、もし母さんが勝ってあいつが無罪にでもなったら……旭はどうなる?」 「アサヒ? 誰? カノジョ? 新聞社? ビール?」  瞳子はふらりと椅子から立ち上がり、近くの書類棚から紙切れを取り出す。まるで仕事の片手間に相手をされているようで、それがまた新の神経を逆撫でした。 「母さんは具体的に遺族を想像したことがあるか? 母さんが勝つってことは、遺族が負けるってことだ。母さんは……旭を傷付ける気なのか」  ズカズカと奥へ進み、彼女の目の前に立つ。新はもう楽に彼女を見下ろせるようになっていた。 「ああ、アサヒって遺族の子なの。あんたをそこまで怒らせる子がいたとはね。友達もいないと思ってたのに」 「そんな細かいことはどうでもいい」 「どうでもよくないでしょ。あんたは遺族に知り合いだか恋人だかがいるからキレてる。まああんたみたいな普通の人ならそれも当然だけど、私は普通の人じゃなくて弁護士だからさ」 「弁護士……そんなのが弁護士だって言うなら、俺はやめる」 「あ、そう。そりゃ助かるね。法科大学院の学費高いんだわ。ラッキー」  加熱する親子の言い合いに飛び込んで来たのは、他のデスクにいた晴海だった。 「ちょ、ちょっと、瞳子さん。一条君も、そんなのここで急に決めていいことじゃないでしょ」 「やめたいって息子が言うから尊重するだけ。やっぱり弁護士になりたいなーって思ったら、来年から予備試験制度も始まるでしょ。まあ、こんなんじゃ弁護士、向いてないと思うけどね」 「瞳子さん!」 「だってそうでしょ。適性試験ちょろまかして弁護士になれたところで、全然公正な目なんて持てないんだから。検察にでもなったら? ああ、心情的に無罪にしてあげたい犯罪者がいたら逃がしちゃうから、そっちも駄目か」  過去最大級の親子喧嘩で、新は押され気味になっていた。 「俺は、小さい頃ここで母さんを見て弁護士になりたいと思った。ここに相談に来る人は、いつも不安そうで、でも帰る時には少し安心したような顔になっていた。人を助ける……そんな仕事だと思ったのに」 「そう、今回私が助けようとしてる人がたまたま殺人犯で、たまたまその遺族とあんたが関係してるだけなの。何も違わないよ? 違うと思うならそれは、あんたの心の問題なの」  側にあった棚にダンッと拳をぶつけてから、新は踵を返した。 「ロースクール、ホントにやめるなら早めに言ってねー」  事務所のドアを閉める瞬間、母から飛んで来たのはそんな言葉だった。  薄々感じていたが、彼女は人間とはおよそかけ離れている。そもそも、新は自分がどうやって生まれたのかも知らされていないのだ。αの彼女の種を使ったのか、卵を使ったのか、どちらも使っていないのか。あの女の血が流れていると想像するだけで、今はおぞましいとすら思った。 ***  数日もすれば、頭に上っていた血も段々と下に降りてくる。喧嘩というのはそんなものだ。  何はともあれ、今は母からの生活費が必要だ。駄々をこねたところで、彼女と縁を切ることはまだできない。弁護士になって就職したら、就職先の近くに引っ越してしまおうと思った。  大学の授業に顔を出した時、國木田が真っ先に寄ってきた。 「お前、今週どした? 月曜も火曜も水曜もいなかったじゃん。珍しい」 「怒ってた」 「お? 穏やかじゃないな」  彼は早く話せとワクワクしている。 「Ωテロの佐川を弁護するのは、俺の母親なんだそうだ」 「わーお……まあ、誰かがやらなきゃいけないことだもんな。弁護士がいなけりゃ裁判すら始まらない。それに、世間の風潮はもう死刑一択だけど、検察の精神鑑定が本当に正しいのかも、ちゃんと真実を見極めないとならないしなあ」 「分かってる。誰かがやらないとならない、でもやりたくない。そういう時、あの人はいつも手を挙げる。どうしようもない人なんだ、本当に。どうしようもないが、俺はあの人の子なんだ。諦めよう」  はあーっと長い溜め息をつくと、國木田はポンと肩を叩いてきた。 「まあ、まだ裁判がどうなるかも分からないじゃん? 正直無罪は厳しいだろうし、形式的な弁護で終わって、犯人は死刑にされるんじゃないか?」  普通はそう考える。しかしあの時の母の顔を見ていると、彼女は本当に逆転無罪を取ってしまいそうな目をしていた。 「ほらほら、元気出せ。昼飯奢ってやるよ」 「……辛いのは嫌だ。あと苦い野菜のある料理も駄目だ」 「図体に似合わずお子様舌だなー」 「うるさい」  数日前はあんなに怒っていたのに、今は諦めと忘却が全力で働いて、怒りを排出しようとしている。ヒトの自己防衛システムは優秀だ。旭にも悲しみから身を守る機構が備わっていますように。新にはそんなことを考える余裕ができていた。  真夏のある日、繋がりが薄くなった母から一通のメールが入った。 『あんたの言ってた旭ちゃん、施設に入ってるってさ』  おそらく公判前の準備で手に入れた情報なのだろう。そんなことを勝手に漏らしていいのかと憤慨しかけて、心の中の拳を下ろした。これはきっと彼女なりの気遣いなのだと受け取ったからだ。

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