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ブラック・フライデー①
ただ今日は忙しかった。サンクス・ビギンズデーの翌日の金曜日はブラックフライデーだ。こんなちっぽけな店でもそれにあやかってセールをやっている。客の入りはいつもより少し多いくらいで、それも馴染みの客ばかりだ。セールのための飾りを吊ったりシールを貼ったりするのが虚しくなる。
閉店時間まで働けばクタクタになっていた。他の店は閉まっていて、ガソリンスタンドに併設されたコンビニエンスストアだけが夜中まで灯りを振りまいている。冷凍のホットドッグとピザを買って帰った。
クソッ、なんであんなヤツ家に入れたんだ。ジェイムスに似ているからって。匂いやキスの味まで同じだなんて。途中で気づいても最後までヤッちまった俺も俺だけどな。
ため息と白い息をたなびかせ、後悔を引きずりながらアパートまで歩いた。
「おかえり」
カビ臭いソファに身を横たえたサムは、持っていた新聞を畳んだ。
「部屋のものに触ったら殺すと言ったよな」
「やってみるといい」
サムは両腕を広げた。俺はその腕を両腕で引っ掴みサムをフローリングに叩きつける。そのまま腕を背中に回して拘束してやったが、いかんせん体重差がある。サムは背筋と腹筋の力だけで身体を仰け反らせ俺の膝は床から浮いた。体勢を崩した俺はあっという間にサムに組み敷かれた。
サムはチョコレートみたいに甘ったるい目で俺をじっと見つめる。顔をゆっくり近づけて、啄むようなキスを一つすると
「食事にしようか」
とあっさり起き上がった。ナメやがって。
温めたホットドッグとピザはあっという間にサムの腹に消えた。コイツがいるのが週明けまでで助かった。毎日こんなでは財布が持たない。
シャワーを浴びた後、ヤツはソファで寝転がって俺にベッドを明け渡す。
太陽に干したシーツの匂いがする。サムの、ジェイムスに似た香りがまだ残っていて、それを寄せ集めるように身体を丸めて眠った。
✳︎✳︎✳︎
「交代だ。食事を摂ってくるといい」
俺は砂埃で白く煙る廃墟の中で、布を被り地面に伏せていた。持っていた双眼鏡を下ろす。ジェイムスがそれを拾い上げた。見張りの交代の時間だ。だが
「まだ早い。戻れ」
「君は一人が好きなのかい?」
「別に。避けられているのは知っている」
作戦を練る時や命令や報告の時以外、一切話しかけられないし顔を見ようともしない。観測手や通信手が付いていないのは人手不足のせいだが。まあ、金のために軍人になった俺と、祖国や大切な誰かを守るためにとご立派な志を持って入隊したヤツらとは隔たりがあって当然だ。
「君がとても綺麗だからだよ」
思わず振り返った。燃えるような赤毛に負けないほど、ジェイムスの耳は赤くなっていた。
「胸糞悪りぃ」
舌打ちが出る。うんざりするほど聞かされてきたし、勝手にオンナ扱いしてきて、普通にしているだけでそんなことをするヤツとは思わなかったと幻滅される。
「……狙撃手になって正解だったな」
屈強な野郎どもに比べりゃあ非力だし、大勢の中で後ろ指を指されることもない。
「その通りだよ。君は腕がいいから。勝利の女神だって、先輩たちも言っているよ」
最後のは余計だ。だが、見てくれではなく腕前を褒められ、悪い気はしなかった。
一階に降りれば野郎どもが休息を取っていた。携帯食が続き、寝る場所も満足にとれないからか顔に疲労が滲んでいる。年齢も人種もバラバラで、一つ二つ歳上の青年もいれば両親ほど歳の離れたおっさんもいた。ジェイムスと俺は年齢も階級も一番下だ。
「誰ですか、勝利の女神とか言い出したのは」
言ってやれば、みな目を丸くして一斉にこちらを見た。そして表情が少しだけほころび、声を押し殺して笑うやつさえいた。
「言い出したのはジェイムスだよ」
「相当熱をあげてるよな」
「それがいい方に行っているからまだいいがな」
「格好つけてんだよ、お前の前で。ビビって足を引っ張らなくなった」
「そうでしょうね、勇敢な男なはずですから」
俺はそう言って頷く。ここに来る前から腹を決めた顔をしていた。けれどもまたみな目を丸くする。「なんだそうだったのか」「よかったなジェイムスのヤツ」という呟きが聞こえてきたり、ニヤつきながらフッと息を漏らしたりするやつもいた。
「なあ、俺たちもお前を頼りにしてるんだよ。お前は腕がいい」
当たり前だ。俺は死にたくなくて死に物狂いで訓練に食らいついていったんだ。けれども、コイツらやジェイムスも死なずに済めばいいと、俺は思い始めていた。
✳︎✳︎✳︎
アラームが鳴った。目を覚ましたことで夢だったと気づく。部屋には誰もいない。スナックパンやエナジーバーを齧っていた仲間も、ジェイムスも。
ああ、もういないんだったな。
空っぽの部屋には甲高いアラームがよく反響する。そういえばサムもいない。俺はのそりとベッドから起きてバスルームの洗面台に向かう。そこにもサムはいなかった。なんだよ。出ていくのは来週じゃなかったのか?
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