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チャーチ・オン・サンデー②
部屋の明かりをつけ、ソファに寝転がるサムの胸ぐらを掴み無理やり起こす。
「オイ、今すぐここから出て行け」
サムはマーマイトを初めて食ったような、不可思議なものを見るような顔で俺を見る。
「マフィアに居場所がバレた。俺もヤバい」
「なんだって?」
サムは眠気が吹き飛んだらしく目をかっ開く。
「荷物は適当に処分しておいてくれ」
ソファから降りたサムはポケットに金の詰まったコートを着て靴を履く。それから玄関まで真っ直ぐ向かった。
本当に、行ってしまうのだろうか。身体がサムの方に傾き手を伸ばす。いや、引き止めてどうするんだ。コイツがどうなろうと関係ないし、俺の身もヤバくなるかもしれない。
手を引っ込めかけたものの、サムは立ち止まり、振り返って俺を引き寄せキスをした。強烈なデジャヴを感じて頭がくらりとする。なんだ? どこかで――――
サムを見つめて記憶の切れ端を掴もうとするが、茶色い目は切なげに細められるだけだった。サムはボールチェーンを引っ張りジェイムスのドッグタグを外して、俺に渡してきた。
「オレはこれを渡すために来たんだ。ジェイムスの形見だ。君が持っていてくれ」
「なんでお前が」
「……君のいた小隊を、ジェイムスを殺したのはオレだからだ」
息を飲んだ。どういうことだ。
「みんな戦死したと聞かされていただろう。でも本当は、コカインの過剰摂取と禁断症状による自殺だ」
「嘘だ!」
真面目だったジェイムスがドラッグだなんて。それにコカインの生産と売買はA国のテロリストどもの資金源だった。コイツ、味方だけでなく国も裏切ったっていうのか?
「真面目なヤツほどハマるとヤバいのさ。戦場で息抜きに手を出したり、恐怖や罪悪感から逃れたりね」
ジェイムスにあり得そうな話だった。
「君がいなくなった後、オレが君の小隊に補充された。ジェイムスはオレからコカインを盗み出し、クスリをキメてから戦場に向かっていた」
「盗んだ……? ジェイムスが……?」
「最初は売ってくれと頼まれたが断った。あっという間に隊に蔓延した。恐ろしかったよ。|幻覚症状《フェイク・バグ》で"虫が這ってる"って全身かきむしって引っ掻き傷だらけになってさ、腕をナイフで刺したりしてさ。
ライフルを咥えて頭を自分で吹っ飛ばしたヤツはともかく、他のヤツらはコカインを使ったことが丸わかりで、爆弾でやられたことにして死体を焼いたよ」
サムの彫りの深い顔に影が落ち、胡乱な目つきはどこか他人事のようで怒りが湧いてくる。
「ジェイムスは死んだのか?」
サムは頷いた。過剰摂取による窒息だったそうだ。
「最期に、なんて?」
「"コカをくれ"って」
もう涙も出やしない。全部ドラッグに持っていかれちまったんだな。誇りも理性も、俺との約束も。ずっと待っていたのに。コイツさえ現れなければ、ドラッグさえ持っていなければ、ジェイムスは帰ってこられたかもしれなかったのに。
「でも、ジェイムスのドッグタグはとても役に立ったよ。顔もよく似ていたし、持っていれば誰もジェイムスだって疑わなかっ」
俺はサムを殴っていた。サムは尻もちをつき俺は馬乗りになる。
「……このクズ……」
頬にもう一発入れてやった。国を、仲間を裏切ったヤツを少しでも受け入れていたなんてどうかしている。人肌恋しさに縋ったことを死ぬほど後悔しているし、ジェイムスじゃなくてサムに惹かれ始めていたことも許せない。ジェイムスから勇敢さも命も矜持も奪ったコイツを殺してやりたい。
怒りを拳に乗せて、何度もサムを殴った。訓練で習ったことなんて吹き飛んで、ガキの喧嘩みたいにただ拳を力任せに叩きつける。
ヤツは抵抗しなかった。悔しくてたまらない。こんな細い腕じゃ、蚊に刺されたようなもんだろうよ。サムはただ、ジェイムスと同じような作りで同じような色の目で、哀しそうに見つめてくる。
「見るな……!」
サムの目に拳を叩きつけると、ヤツの目の周りがじわじわと赤くなっていった。
「無理だよ……」
サムは腫れた瞼と口を薄く開く。
「だって泣いている」
サムの長い指が、俺の目から溢れる涙を掬った。自分が泣いていると分かった瞬間、どうしようもないくらい泣いて喚いて叫び出したくなって、なのに喉が塞がって一言も出てこない。俺は崩れ落ちるようにサムの身体の上で蹲った。身体の中では怒りと憎しみが炎のように逆巻くのに、拳はもう動かない。熱を持って痺れている。震える背中には、ずっと温かい手が置かれていた。
「本当にいいヤツらだったんだ……」
サムはつぶやいた。
「ジェイムスと同じような顔をしていたから、隊のヤツらとすぐ打ち解けたよ。ジェイムスはいいヤツだった」
サムはああ、と呻めき両手で顔を覆った。
「オレのせいだ……オレがバカだった……」
サムの大きな手がヤツの顔に影を作る。その濃さから絶望が垣間見えるようだった。
「殺してくれ……」
震える声がサムの喉から搾り出された。
「アイツらに代わって、オレを殺してくれよ、ヨハン……」
答えることが出来なかった。
ああ、ここにナイフの一本でもあれば、弾の一発でもあれば。この距離ならぶっ壊れた目でも外しはしないのに。
でも、なぜだか指一本動かす気になれなかった。
カカシみてえにじっとしていれば、サムは身体を起こして俺の前で膝立ちになる。そして両腕を俺に伸ばしかけて、けれども肩に触れる寸前で何かに弾かれたように動きがとまる。散々セックスしたくせに、俺に触れるのを躊躇っていた。ゆっくりとサムの腕が下される。
「元気で」
サムはそれだけ言って、俺の脇を通り過ぎ出ていった。サムの引き締まった横顔が見えた。どこかで見た気がする。二回目のデジャヴに襲われるが、今はどうでもよかった。
ジェイムスが死んだことは同期から伝え聞いただけで実感は湧かなくて、もしかしたらある日顔を見せたりするんじゃあないかという予感すらした。けれども、サムはジェイムスのドッグタグを持っていて、あのチンピラやサムの話を、アイツの最期を聞いて、ジェイムスはやっぱりもういないんだと実感する。情けないと思いつつも涙が止まらなかった。
もうどこにもいない。もう会えない。
その夜はめそめそと啜り泣きながら、哀悼と憐憫とアルコールに溺れた。
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