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チャーチ・オン・サンデー①
さて、腰やケツを酷使しようが身体が怠かろうが仕事の時間はやってくる。休んでベッドでゆっくりしようと言うサムの悪魔の誘惑を振り切ってスーパーに逃げてきた。
頭の中だけでぶつくさ文句を言いながらレジ打ちをしていれば店長に呼ばれた。リンゴみてえな体型のアイルランド系のオッサンだ。ワイフがアイリッシュパブを経営している。なんでもアイルランド人ってのはパブがない地域に住むと「俺が作らねば」と奮起してしまうらしい。そんなわけでこの国にはあちこちにアイリッシュパブがあるとか。
そんな与太話はさておき、店長のカミさんが経営するパブは歓楽街にある。マフィアのお膝元にあるその店は、用心棒代としてみかじめ料を払っていた。
ヤバい店といえばそうだが歓楽街にある店はみんなそんなもんだ。時給もいい。そんなわけで、夜はパブを手伝って欲しいと言われたことに対し二つ返事で了承した。
歓楽街のメインストリートは、独立記念日の花火のようにド派手なネオンが闇夜に浮かぶ。そんな中、吹けば消し飛ぶキャンドルの火のようにちっぽけな明かりがパブに灯っている。店の前まで来ると、暖かな照明の色とレコードが鳴らすケルティックミュージックにホッとする。ガラスの嵌め込まれたアンティークドアを開ければ舞踏曲の音量が上がり笑い声が溢れた。店の中ではアイルランド系のじいさんやばあさんが手を取り合い軽快にステップを刻む。テーブルセットを壁に追いやって、店の中心にダンスフロアができていた。週末はいつもこうだ。
「いらっしゃいヨハン」
カウンターで栗色の髪を結い上げた中年の女が歯を見せて笑う。店長のカミさんは明るく社交的で、細っこい身体なのにエネルギッシュだ。自分が好きな時にギネスビールを飲みたいがゆえにパブを建てちまったらしい。
「ああ美人が来たぞ」
「ヨハン、踊ってくれよ」
「膝に乗ってくれよ仔猫ちゃん」
客に絡まれるがカウンターの中に入り腰巻きエプロンをつける。ウエイターとは名ばかりの、酔客の相手が仕事だ。
空になったグラスや瓶を集めていると、ぞわりと鳥肌が立つような視線を感じた。目を向ければ、イタリア系の若い男が椅子に座っていた。皺一つないシャツと黒ラベルのネクタイに金の匂いがする。背もたれと肘掛けに身体を預けくつろいだ格好だが、ネコ科の肉食獣のような佇まいだ。
「ヨハン・キトリだな」
ライオンに似た丸い目で俺を睨め付ける。心臓を引き絞られるようだった。マフィアに名前がバレている。
まっさきに頭によぎったのは
「サミュエルってヤツを知っているか?」
思った通りヤツの名前だった。口が乾いて唾を飲み込む。
「知らない」
待て、なんで知らないなんて言っちまったんだ。あんなヤツ、さっさと出ていけばいいと思っていたのに。
「同じ隊にいたんだろう?」
「なんだって?」
同じ国に送られたはずだが、サムは別の隊にいたはずだ。
「なあ、アンタ勘違いしていないか?確かにジェイムスってヤツがよく似たツラ」
しくじった。口をつぐむがもう遅い。
「なんだ顔見知りだったのか。知らないなんて薄情なヤツだなあ」
ヤツは喉を鳴らして笑った。
「アイツに貸しがあってな。居場所を教えてくれればチップをやるよ」
貸し? サムはマフィアの仲間だったっていうのか? だが、これ以上深入りするわけにはいかない。巻き込まれてたまるか。そう、もう耳を貸してはいけない。けれども勝手に口が動いていた。
「……サミュエルってヤツは……何をやらかしたんだ?」
「ここで話すのは無理だ。そうだな、美人と二人きりになれる場所がいい」
顎を持ち上げられ、ヤツがいやらしく口角を上げたのがよく見えた。反吐が出そうなくらいに。
心配そうに眉を顰める店長のカミさんに大丈夫だと声をかけて、クソ寒い路地裏に出た。ヤツはそんなクソ寒い中、ズボンのベルトを外した。くすんだ色のペニスがまろび出る。
「ここから先の話は"有料"だ。上手に舐めておくれよ仔猫ちゃん」
俺は冷え切ったアスファルトに膝をついた。俺の唇が近付くにつれ、ヤツの目が興奮に爛々と照り始める。半勃ちになりかけたそれにふっと息を吹きかけた。
「焦らすなよ」
「……俺を仔猫ちゃんと呼んだら、爪を立てるぞ」
キッと睨め付け、渾身の力で剥き出しの陰嚢とペニスを握った。だらしなく緩んでいたヤツのツラは引き攣り、情けない悲鳴をあげて蹲る。ヤツの顎を蹴り上げ無理やり上体を起こす。ガラ空きになった胴体に吊っていたベレッタを抜いてスライドを引き、がくりと垂れ下がるヤツの額に銃口を押し当てた。
ヤツは股間に手を当て蹲ったまま、間抜け面を俺に向けていた。
「戦争帰りをナメるなよ|お坊ちゃん《ラガァッツォ》。サミュエルは何をやらかしたんだ?」
「お前こそ俺にこんなことをしてタダですむと思っているのか?」
「仔猫にいじめられたとボスに泣きつくのか?」
鼻で笑ってやればヤツは顔を真っ赤にした。思った通り、都会でぬくぬく暮らしていたただのチンピラだ。
「あと三秒くれてやる。一、ニ」
引き金に力を込めた瞬間
「逃げやがったんだ! コカインと金を持って!」
ヤツは叫んだ。うるさかったから口に銃身を突っ込み熱烈なキスをさせてやった。しぃーー、と人差し指を立てる。ヤツは口を大きく開き呼吸を荒くする。「続けろ」と銃口を口から引き抜き額に当てる。ヤツは目をかっぴらいたまま俺を見上げ、一挙一動に囚われている。持つべきものは仲間だな。尋問の仕方を教わった甲斐があるってもんだ。コイツは後ろにいるヤツを傘にきて威張っているだけの雑魚だ。魚みてえに口をぱくぱくさせた後、ヤツは情報を吐いた。
「A国でブツを仕入れて、それをサミュエルに運ばせた。国に帰ったらうちのファミリーに納品する予定だった。前金を渡していた。なのにそのまま逃げやがったんだ。これだからド素人は……!」
お前が言うな。それにしてもあの野郎、運び屋だったのか。コイツの言い分からはプロではないらしいが。
「それで?」
「それ以上は知らない。俺はサミュエルか金とクスリを持ってこいと言われただけだ」
「わかった」
俺はグリップの底でヤツの額をカチ割った。ヤツはぐるんと白目を剥いて地面に伏せた。殺してはいない。店に戻って一言だけ伝言を残す。
「悪い、急用ができた。今日は帰るよ」
店長のカミさんや客にどよめきが走るが、俺は無視してアパートに向かう。自然と足の運びが大きく、速くなっていって、いつの間にか全速力で走っていた。
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