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婚礼の儀③
そこからお祭り騒ぎが始まった。
ハープや太鼓、木管楽器で音楽が奏でられ、蜂蜜酒が振る舞われた。民衆たちは酒を飲み、気ままに踊ったり歌ったりして深夜まで騒ぐだろう。
しかし、イアランはそこから離れて城壁の周りに竜人たちが集まり始めているのに気づいた。
南の離宮へ向かう王族たちはざわつき、どこかピリピリした空気を漂わせている。
「何かあったのですか?」
イアランはコランに尋ねる。
「いや、ただの余興だよ。結婚式の名物みたいなものだ」
よく見れば、城壁の周りに集まる民衆もコランも目を輝かせている。
ーー「お前どっちに賭ける?」
「そりゃあクロム様の方だろ」
「王族を賭けの対象にしていいのか?」
「今日は人間も出入りしているんだぜ。無礼講だろ」
などと不埒な会話も聞こえてくるがコランは素知らぬフリだ。なのでイアランも放っておくことにした。
「おい、コラン。そろそろいくぞ」
クロムは赤い竜の姿になり、コランの首根っこをくわえて持ち上げ背に乗せる。イアランもクロムに促され飛び乗る。王族たちも竜の姿になり城壁の上に並んでいた。
「さ、トばすから捕まっていろよ」
「なんだ、クロムまでやるのか?」
「何が始まるのです?」
「まあ簡単に言えば、ただの競争だよ」
コランがそう言い終わった瞬間、笛の音が響き竜たちは一斉に飛び立った。竜の群れが空を弾丸のように飛んで行く。地上では歓声が上がりハンカチが舞った。
「夫側の親族と、妻の親族とで、先に新婦の家にたどり着いた方が勝ちなんだ。勝った方に酒が渡される」
ごうごうと鳴る風の音に負けないよう、コランは少し声を張る。
「黙ってろ。舌を噛むぞ」
「イアランがいるから平気だ」
イアランは背後から抱きつくようにコランを覆っている。猛スピードで飛んで行く竜たちに囲まれながらの飛行は、少しの接触で鱗が剥がれ羽根が裂けそうなほど熾烈を極める。修羅場をくぐり抜けてきたイアランも流石に肝が冷えそうになるが
「よし、ならもっと速くても大丈夫だな」
とクロムはより強く羽ばたいた。身体を後方に煽られそうになり、イアランは慌てて踏ん張った。他の竜たちとどんどんすれ違い、先を飛ぶ竜はいなくなる。
「すごい・・・・・・」
イアランは思わず呟いた。
森を越え、白亜の宮殿が見えてきた。すると、風がクロムたちの横をすり抜けた。風は不思議な気配を纏っていた気がしてイアランは首を傾げる。
「あ!クソッ、やられた!」
「あっはっは!流石だな!」
クロムは悪態をつき、コランは声を上げて笑い、イアランは頭に疑問符を浮かべる。
クロムたちが南の離宮の庭に舞い降りると、水色の目を輝かせて
「ボクの勝ちっ!」
とベリルが悪戯っぽく笑うのであった。
「おいベリル、ドレスはどうした」
クロムが血相を変える。ベリルは胸当てと紐付きの下着しか着ていない。
「邪魔だから脱いじゃった」
「馬鹿!早く着ろ」
「城に置いてきちゃったよ」
「じゃあ取りに行けよ」
「やっ。一番じゃなくなっちゃうもん」
焦りや苛立ちや憎らしさやツンと唇を突き出すベリルの愛らしさに叫び出しそうになって二の句がつげなくなったクロムに代わり、コランが着替えを用意した。婚礼衣装より劣るが宝飾品を持ち出し精一杯着飾らせる。
やがて親族たちがやってきた。
勝者となったベリルは酒びんを受け取り主賓である国王に渡す。それからクロムやコランたちにも渡り参列者に順繰りにふるわまれた。
「競争の意味はあるのですか」
「まあ、祝い事だしな。角が立ってもいけないだろう?」
コランは伝統に従い、振る舞われた酒びんの中身を振り捨てながら言う。
美しく整えられた夏の庭で、音楽が奏でられ食事が振る舞われる。身体の大小も肌の色も違う竜人たちが酒を飲み交わし、機嫌よく鼻歌を歌い始める者もいる。その向こう側では夕焼けの海が凪いでいた。黄昏時の光に包まれた庭は、コランが話してくれた太古の神話の中の世界にいるようだった。
「夢を見ているようです」
騒がしくも神秘的な光景もそうだが、違う種族で奴隷だった自分が、愛する者を得て祝福されていることが信じられない気分だ。
「全部お前の手で掴んだものだよ。僕の命の恩人で、さらにその身を刻んで仲間になろうとしてくれたのだから」
コランはイアランの腕の刺青を撫でる。
「全員とはいかないだろうが、皆お前を認めてくれているよ」
イアランは、泣くのを堪えるような笑みをうかべているような表情を作った。まだぎこちないが、イアランが素直に感情を表情に乗せるようになり、コランは嬉しくなる。
鮮烈なサファイアブルーの目がコランを見つめる。出会った瞬間にコランの心を捕らえた神秘の青。鉱物のように温度をもたなかったそれは、今は、太陽を照り返す海のような暖かさを湛えている。
吸い寄せられるように口付ける二人を、お互いの目の色を写した指輪が見つめていた。
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