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婚礼の儀②

 クロムとベリルが帰った後、コランはイアランを仕事部屋に呼んだ。  黒檀の机の引き出しから、コランは桐でできた箱を取り出す。中には大人の拳くらいの大きさの石が入っていた。その石は二つの色を有していた。真ん中から綺麗に色が別れている。片方は紫がかった紅色で、もう一方は濃い青色であった。 「これはね、鋼玉(コランダム)と言うんだ。ルビーやサファイアの原石だよ」 「同じ石なのですか」 「そう。クロムを含み赤いものがルビー、鉄やチタンを含んで青いものがブルーサファイアと呼ばれているんだ」  ルビーに似たコランの赤い目が、サファイアに似たイアランの青色の目を映す。 「ルビーとブルーサファイアの原石が一つになっているものはとても珍しいのだよ」  コランはイアランの大きな掌の中に、そっとその石を入れた。 「本当は僕たちの指輪の石にしようと思ったのだけど、この二つの色を別つのが惜しくなってしまってね」  困ったように笑うコランの手に、イアランは自分の手を重ねる。 「はい、これは、このままがいいです」 「僕もそう思う。これは僕たちの宝物にしようね」  コランは背伸びをしながらイアランの首に腕を伸ばす。  イアランは身をかがめ、コランの求めるまま唇を重ねた。驚くほど満ち足りた気持ちが胸に広がっていく。コランともっと触れ合いたいという欲求が膨らんできて、イアランは新たに芽生えた心情に戸惑う。 「コラン様、・・・・・・んっ、もう・・・・・・」  深くなる口づけを、イアランは顎を引いてかわそうとするが、コランは腕を首に絡ませたまま逃してくれない。 「だめだよ。そんな顔をされたらやめられなくなる」  コランの赤い目の中に獣性が顔を出しギラリと光る。イアランの青い目は熱を帯びて潤んでおり、どちらが食われる獲物かは明白であった。  コランはイアランを寝室に誘った。寝台にイアランを座らせ、向かい合うように膝に跨る。 「だめです。身体に障ります」 「触れ合うくらいいいだろう。イアランは僕が欲しくない?」 「日が高いうちから、」  イアランの唇を口づけで塞いだ。華奢な手を褐色の胸元に忍ばせれば、イアランはわずかに目元を赤く染め顔を背ける。  コランがそのまま胸の飾りをつまむと、イアランはビクリと震えた。コランが指先で擦り合わせるように弄り続けるが、イアランはもう何も言わなかった。 「いい子だねイアラン」  コランの手は下履きの中に潜り込む。すっかり昂ったお互いのものを取り出し擦り合わせた。擦れあうたび熱さと硬度が増していくのを感じ取る。身体が芯から熱くなり、汗を吸ったチュニックは脱ぎ捨ててしまった。先端から溢れた液が混じり合い水音を立てる。互いの吐息も湿り気を帯びていく。  もう快感の頂きに届こうかという時に、 「悪い。やっぱり我慢できない」 コランはイアランを押し倒しうつ伏せにした。イアランは敷布が汚れるだのまたコランが倒れてしまうだの言っていたが、コランはイアランの中に入っていった。ビクビクと褐色の背中が跳ねる様も、尻の筋肉が収縮して隘路が狭まる様も情欲を誘った。  「はっ・・・・・・あ・・・・・・締まるっ・・・・・・」  コランは思わず声を漏らす。腰を上から叩きつけるように律動を繰り返した。 「あっ、ああっ、コラン様っ、コラン様っ・・・・・・!」  抑えようとしてもなお喘ぎが漏れ出てしまうイアランが愛おしい。コランが動きを止めてみても、イアランが身悶えながら快感に翻弄される様はなんとも支配欲や嗜虐をそそった。  コランは逞しい背中に口づけと愛の言葉を降らせながらイアランを貪った。イアランは乱れた。それに際限なく興奮する。本能のまま何度も欲を吐き出して、精魂尽き果てると抱き合って眠った。  夕食の時間になっても二人は起き上がれず、部屋に食事を運ばせ侍従に呆れられた。それでも二人でゆっくり食事をしたのは久しぶりで、安らぎと幸せな時間を噛み締めたのであった。  案の定、翌日のコランは熱は出さなかったもののたびたびくしゃみをして鼻を啜っていた。イアランや侍従たちに今日だけでも休養を取るよう渾々と言い聞かされ、できる範囲でいいからとイアランに婚礼の儀の準備を任せた。  イアランはそれまで南の離宮で働いてきただけあって、季節ごとに手に入る食糧の種類や搬入先、部屋の内装の整え方など細かい部分まで侍従たちと知識を共有しており、驚くほど早く披露宴の打ち合わせが進んだ。  コランは披露宴の準備をイアランに任せることにし、招待客や儀式の段取りに頭を悩ませることになった。  イアランはようやくコランの役に立てると生き生きとしている。コランはクロムに鑑定の仕事を任されるようになった時のことを思い出し、目を細めるのだった。  夏になった。夏は竜人たちも獣も植物も、生けるものすべてが一年でもっとも活気づく季節だ。祝い事にも相応しい。  その日は快晴で、二人の王子の結婚に国中が沸いていた。今回の婚礼の儀では城の前の広場で宣誓と指輪交換を行い、その後南の離宮に移動して宴会を行うことになっている。  各地に住む王族が広場に集まっている様子は壮観であった。北方に住む一族は筋骨隆々で男女ともに体格がいい。鋲を打った革の鎧、毛皮や角のついた帽子を纏う。西に住むものは体格は様々だが、みな豪奢な刺繍で埋め尽くされた布地を身体に巻きつけている。南の地方から来た者たちは色鮮やかな鱗を見せつけるように肌を見せる面積が大きい服を、東から来たものはカソックのような首元から足先まで覆う衣装を着ていた。イアランの一族は遠すぎて出席することが出来なかったが、人間の商人や旅人の出入りが許された。  やがて二人の王子とその伴侶が現れる。クロムは革で作られ金の飾り紐が飾られた重厚なジャケットを羽織り、ベリルは淡いブルーのドレス姿だ。胸元がV字に切り開かれ、長い袖は蝶の羽を思わせる。頭には花冠で留められた薄いベールを被っていた。  コランとイアランは白い詰襟の騎士服で現れた。身体にぴたりと沿う服はコランの華奢な体型が際立つも、堂々とした立ち姿を凛々しく見せる。イアランの衣装はコランのそれとは少し違い、服に袖はなく鱗の入れ墨が見えるようにしてある。また、燕の尾のように丈が長く、動くたびに翻り優雅な印象を与えた。イアランもベールを被せられている。  彼らは魔除けにオートミールと塩を口にしてから祭壇の前に立つ。そして伴侶と手を繋ぎ、その手を色とりどりの紐で巻きつけ結んだ。末永くお互いを結びつける印だ。  誓いの言葉を唱えた後、指輪交換がなされた。  クロムとベリルはファイアオパールとエメラルド、コランとイアランはルビーとサファイアの指輪をお互いの指に嵌める。 「お互いの目の色にしたんだ」 コランはこっそり囁いた。 「これを僕の目だと思ってくれ。いつでもイアランを見守っているよ」  イアランの胸の内をすうっと風が撫でたような心地がした。遠くない未来、コランがいなくなってしまうような気がした。実際、コランは身体が丈夫な方ではない。 「約束してください。おれより先に死なないでください」  コランは目を見開き、そして笑みを浮かべる。 「ああ、誓うよ。だからそんなに寂しそうな顔はしないでおくれ」  コランはイアランの頬にそっと手を添える。ああ、今自分は寂しいと思ったのかとイアランは気づく。コランといると日々新しい感情が生まれ、コランが名前をつけていく。 「僕は死ぬまでイアランの傍にいるよ。それまで愛してくれる?」  イアランは胸がいっぱいになる。声を震わせながら「はい」と微笑んだ。  と、クロムから小突かれる。クロムはこれ見よがしにベリルのベールをあげた。進行を促されていると気づき、コランもイアランのベールを取る。 口づけを交わせば、割れんばかりの拍手と鐘の音が響き渡った。
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