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後日談 婚礼の儀①

 セオドラ王国の中心部にある王都は山の中に作られた要塞都市で、城は堅牢な造りになっている。  それに対し、南の離宮は大陸から来る客人をもてなすことが多いので開放的で華やかだ。白亜の宮殿はエンタシスの施された柱に支えられ、建物の隅々まで陽光が行き渡る。潮風は防風林に守られ、庭には色とりどりの花が咲き果樹が実をつける。  セオドラ王国では城の前の広場で祭壇を作り婚礼の儀を行うが、華やかで気候のいい南の離宮で披露宴をすることも珍しくない。竜の姿になればひとっ飛びだ。  コランとイアランも、南の離宮で婚礼の儀と披露宴を行うつもりだった。  しかし 「兄貴より先に結婚するとは何ごとだってジジイどもから意見が出てな」  南の離宮へ顔を出したクロムから待ったがかかった。ジジイどもと言うのは大臣たちだろうとコランは推測する。人柄はいいが厳しく伝統を重んじる者たちだ。 「だからさ、一緒にやろうよ」  凛とした声でそう言うのは、クロムの許嫁のベリルだ。ほっそりした身体は水色の滑らかな鱗で覆われ、さらさらした緑色の髪を三つ編みにしている。  両性具有の個体で、珍しさゆえ好奇で不躾な視線を浴びることも多いが服は嫌いだと言う。いつもほぼ下着しか身に付けていない。竜人はもともと鱗や角、(たてがみ)を誇示するため露出が高い服を好むが、その中でもベリルの格好は際どい方だ。  ちなみにコランもベリルも珍しい個体であるため同じような苦労をしていて話が合い、二人の仲は良好である。  コランとしてはイアランと慎ましく式を挙げたかったのだが、式もイアランと一緒になることも伸びるのはもっと嫌だ。 「ベリル殿がそうおっしゃってくださるのであれば。イアランはどうだ?」 「王族の方に意見はできません」 「あははっお前も王族になるのだぞ」 「この子面白いねえ。ボクはベリル。よろしくね」  ベリルはイアランに手を差し出す。目つきはきついが顔の造形は美しく、アクアマリンのような淡い色の目には優しさが宿っている。  イアランはおずおずと手を出して握手を交わした。 「ふふっ、身体はおっきいのに臆病なリスみたいだ。かわいいねえ」  ベリルは破顔する。怜悧な麗人かと思いきや気さくな人柄にイアランは少しほっとした。 「じゃあ決まりだな、ベリル、帰るぞ」 「もう?」 「夏に婚礼の儀をするんだろ?それまで時間がないからな」 「はあい」  ベリルはクロムとともに竜の姿になる。ベリルは流線型のフォルムが美しい水色の竜だ。羽根の皮膜は絹を張ったように滑らかでツヤがある。その羽根を広げ、二頭の竜は王都へと飛んでいった。  イアランは眩しそうに目を眇めながら見送った。自分はコランと並んで飛べない。 「イアラン」  コランがイアランの腰を抱く。発情期以来少し背が伸び、二人の顔は前よりも近くにある。 「僕は人間のお前が好きだよ」  自分の顔のすぐ下で微笑むコランに、イアランは心臓が掴まれたような心地になった。人の表情を読むことに長けたコランに、イアランの思考は筒抜けだ。そしてイアランの一番欲しいものをくれる。 「さあ忙しくなるぞ。仕事は山程あるんだ。そうだ、まず、お前の衣装を用意しよう」  次の日から怒涛の日々がやってきた。  イアランは採寸に丸一日かかるなんて知らなかったし、服を一枚作るのに何人もの職人の手が入ることにも仰天した。服は戦場で死体から剥いだり仲間に譲ってもらったりするものだった。  招待客の多さにも戦慄した。二人の王子が同時に結婚するとなると、親族だけでも膨大な人数になる。国を挙げての式になるだろうと聞かされ、イアランは目眩がしそうだった。  日々コランは忙しそうにしているが、イアランは何をしたらいいのか分からない。コランに聞いても手伝って欲しいことがあれば伝えるからと言われ、侍従たちの仕事を手伝おうとしてもコランの許嫁にやらせるわけにいかないと断られてしまう。必要とされていない気がして毎日身の置き場に悩んだ。  さすがのコランも忙殺されイアランを気遣う余裕がなくなってくる。 「少しは休め」 ととうとう打ち合わせに来たクロムに一喝された。  ベリルは早くも客間で居住まいを崩し寝そべっている。 丁度午後の軽食の時間で、干した果物や素朴な焼き菓子と茶が並ぶ。ベリルはそれらを頬張りながら 「ちょっと痩せた?」 とコランの頬をつつく。クロムは茶を啜りながらコランに小言を浴びせていた。 「花婿がぶっ倒れたらシャレにならねえだろうが。どうせ番も放ったらかしなんだろ」  その通りで、コランは黙り込む。 「ねえねえイアラン、なんで人間なのに鱗があるの?」 「これは刺青です」 「刺青ってなあに?」  ベリルはイアランの膝にちょこんと座り、花婿たちの話に耳を傾けながら気ままに喋っている。 「肌を針で刺して、染料で色をつけるのです」 「えぇ、痛そう」  ベリルは褐色の腕を労わるように撫でる。 「もう痛くないです」 「そっかぁ、綺麗だなぁって思ったんだけどなあ」  顔立ちはきついが、ベリルの醸し出す雰囲気はふわふわと綿花のように柔らかい。会って間もないのに、ベリルと話すことに心地よさを感じていた。  きっと王の良き拠り所となるのだろうとイアランは思った。自分は気が効く方でも愛想がいい方でもないし、出来ることといえば力仕事や戦闘だがそうそうそんな機会はないしないに越したことはない。  コランの役に立てることは、何があるだろうか。 と考え始めたところで、ベリルがうつらうつら船を漕ぎ始めた。頭につられて身体が傾く前にイアランは抱き止める。 「オイ、ベリル。いくらなんでもだらしないぞ」 「だってイアランがあったかくて気持ちいいから」  ベリルは目を擦る。 「人間ってあったかいんだねえ」 「寒いなら服を着ろって言ってんだろうが」 「やっ。ボク服キライ。カサカサして鱗がムズムズするもん」 「だからって肌を見せすぎなんだよ、気が気じゃねえんだよ色んな意味で」  今日もベリルは下半身に紐のついた下着をつけて、上半身には首飾り、かろうじて乳首が隠れるほどの面積の胸当て、肌が透けて見えるほど薄いマントを身につけているのみだ。寝そべって膝をゆらゆらさせるたび下着の中身が見えそうになる。 「それにいつまでソイツとベタベタしてんだよ、こっちに来い」 「ヤキモチ?」 「コランがな」  イアランがコランを見れば、そっと目を逸らしていた。ベリルは胡座をかいたクロムに腰掛け、もぞもぞ尻を動かしたかと思えば「交尾する?」と振り返って言う。 「するかバカっ!」 「だってちょっとおっきく」 「お前はもう少し恥じらいを持て!」 「部屋なら貸すぞ」 「お前も乗るな、それよりイアランを構ってやれ」  コランとイアランはお互い顔を見合わせるばかりだった。最近は床をともにしていないどころかろくに触れ合ってもいない。
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