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こぼれ話 二人の兄の会話
「そういや誰か、サファイヤにちゃんと話したんだっけ?」
「話?」
「ほら、結婚のこと」
「俺は話していないが?」
「俺も話してない。父さんが、……話してるわけないか」
「……だろうな」
城の中にある王宮医の休憩室で、二人の王宮医が紅茶を飲みながら少し難しい顔をしていた。
「うわぁ、それじゃあサファイヤ、怒ってたんじゃないかなぁ。てっきり先に話してるものだと思ってたよ。挨拶に来た日、笑って送り出しちゃったじゃないかー」
「それは俺も同じだぞ。……まさか、恨まれたりはしていないだろうな」
「うーん、サファイヤって意外と根に持つから、……少しは怒ったかもしれないなぁ」
二人の顔がわずかに曇る。
「……いや、年明けの結婚も正式に決まったんだ。もう気にはしていないだろう」
「……うん、そう思うことにする」
紅茶を飲んだ二人は、はぁとため息をつき窓の外を見た。
「しっかし、まさか恋愛嫌いで貴族嫌いのサファイヤが、貴族の中でもダントツに有名なサンストーン伯爵家の次期ご当主様に嫁ぐことになるなんてねぇ」
「あの仕事の件を親父から聞いたときは、気でも狂ったかと思って殴りそうになったのが懐かしいな」
「あー、俺も同じこと考えた。でもって、しばらく食事に下剤入れてやった」
「……やたらと席を外すなと思ってはいたが、そういうことだったのか」
「ふっふーん、大事なサファイヤにろくでもない仕事を命令したんだから、自業自得だよ」
なんとも言えない表情と楽しそうな表情が向き合う。
「サファイヤが結婚するのは寂しいけど、これで邪な貴族連中の毒牙に苛つくこともなくなったし、よかったってことかぁ」
「たしかに。それに、途中からはスピネル様自身が潰して回っていたようだしな。あれならサファイヤを任せられるだろう」
「そうだね。それにサファイヤもゾッコンみたいだったしね」
「貴族相手に“いい患者”なんて、一瞬何を言ったのか耳を疑ったがな」
「そう、それそれ! みんなで集まった日のことは俺も驚いた。あんなことを言うサファイヤなんて初めて見たなぁ。それにさ、柔らかい顔なんかしちゃって、こりゃあ結構気に入ってるんだなぁと思って、ちょっと殺意がわいたよね」
「もし弄 ばれていたら、間違いなく毒を盛ったな」
「盛った、盛った」
「まぁ本人は自分の気持ちに気づいていなかったようだが」
「あれだけ素直に顔に出ちゃうのに、本人だけがわかってないとか、いくつになってもかわいいよねぇ。さすがサファイヤ」
「あんなにかわいい奴はどこを探してもいないな」
「そうそう。本人は平凡だって思い込んでるみたいだけど、ただの平凡じゃあ、あのかわいさは出ない」
「まったくだ。見習いのときから、どれだけの貴族連中に狙われていたことか。……思い出すだけでも腹が立つな」
「ま、そんな奴らに触らせたりは絶対にしなかったけどね」
「当然だ」
二人が微笑みながら頷いた。
「それにしてもスピネル様、父さんへの手回しは早かったし、俺たちの説得も、まぁ悪くはなかったかな」
「……悪くはなかったが、多少心配にはなったぞ」
「えぇー、そこがいいんじゃない? あれだけ嫉妬心が強いなら、安心して任せられると思うけどなー」
「たしかに浮気の心配も略奪される心配もなさそうだが……」
「そうそう、絶対ない。むしろあの情熱を一人で受けなきゃいけないサファイヤの体が心配なくらいだね」
「……いくら兄弟でも、そういうことを想像するのはどうかと思うが」
ニヤける顔としかめる顔が、互いをじっと見る。
「ま、どっちにしてもサファイヤが幸せなら、いいんじゃない?」
「結婚に向けて、どれだけスピネル様が俺たちに手回しをしていたか伝えることのほうが、野暮ということか」
「そうそう、いまさらって感じだろうし」
「挨拶に来る前には、すでに完璧に道筋が整えられていたとは思いもしないだろうな」
「どこかで気づくかもしれないけど、サファイヤのことだから『どうしよう、きゅんとした』って言うと思うよ?」
「そうか?」
「サファイヤって恋愛嫌いだったのに、意外と夢見がちなところがあるんだって。まるで恋に憧れる深窓のご令嬢みたいだよね」
「……たしかに、そんな気もするな」
にこやかに笑い合った二人は「さて仕事に戻るか」と言って、それぞれの執務室へと向かうのだった。
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