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第20話 潔癖気味の次期伯爵様はベッドインできたわけで・終

「何を拗ねている?」  拗ねてなんかいません。 「そんな姿もかわいいとは思うが」  かわいいとか言うな。 「中出ししたのが悪かったのか?」 「だからあんたは羞恥心ってものを学んでください!」  がばりと寝返りをうって、羞恥心のかけらも見当たらない言葉を発した男を睨みつける。……くぅ~っ、ベッドで寝ていても変わらない美貌って、卑怯だろ! 「何をそんなに怒っている。ほら、おいで」  おいでとか言いながら抱きしめるな。……つい、おとなしく胸に額を押しつけてしまうじゃないか。  目標達成した夜、僕は何がなんだかわからなくなったまま寝落ちしていたらしく、目が覚めたら昼近い時間になっていた。「え?」と呆ける僕を見ていたのはオレンジ色の目で、「寝顔もなかなかかわいいな」なんて言い出すから、恥ずかしくて反対側を向くしかなかった。  そんな僕を振り向かせるためとはいえ、なんて破廉恥なことを堂々と……。これはスピネル様お得意の策略なのか、はたまた性格の問題か。 (……数々の言動から察するに、性格的な問題のような気もしてきたけど)  しかし、僕をうまく動かすための言動と考えられなくもない。優秀さを僕相手に使うなんて、本当に無駄遣いだと思う。 「……そういえば、今日は城に行かなくてもいいんですか?」 「すべて手配済みだ、問題ない」  そういえば、五日目には云々なんてとんでもないことを言っていたな。なるほど、それなら先にいろいろ手を打っていてもおかしくないか。 「体は大丈夫か?」  スピネル様の言葉にいろいろ思い出した僕は、キッと睨むように視線を向けた。……美麗な笑顔を向けられても、今度こそ絶対に負けないからな。 「治療の最終目標は無事に達成できました。おめでとうございます」 「ありがとう。それにしても、愛しい相手とのセックスとはとてつもない感動をもたらすものだな。思い出すだけで胸が震え、あぁ、こちらもすこぶる元気になってしまう」 「だから羞恥心! ズボンを履いてるからって、押しつけないでください!」 「この感動を分かち合いたいだけだが?」 「~~……っ、あんた、いろいろわかっててやってるでしょう!」  僕はずっと睨んでいるというのに、スピネル様は普段見せないような笑顔を浮かべていて……、ううぅ、これじゃあ負けてしまう! 「何をそんなに怒っている」 「……いろんな本で学び、知識を蓄えることを悪いとは言いません。スピネル様の才能を持ってすれば、そういう方面でも抜群の能力を発揮できるなんて、ある意味すばらしいことだと思います」 「そんなに褒めてくれるほどよかったか?」 「ちょっと黙っててください。努力することは素晴らしいことだと思います。ですが、……ですがねっ、何事にもほどほどってのがあるんです! 過ぎたるは及ばざるが如しという言葉もあるでしょう!? 僕だって初めてだったのに、あ、あんな、あんな……」  途中からのことはほとんど覚えていない。むしろ覚えていなくてよかったと安心したくらいだ。  もしはっきりしっかり覚えていたら、恥ずかしすぎて憤死していたに違いない。それでもほんの少し記憶の断片が頭に張りついていて、それを思い出すだけで羞恥のあまり体が震えてしまうんだぞ! 「あんな……こと、医学書にだって、書いてなかったのに……」  臍の下を押されるとあんなことになるなんて、いままで聞いたことも見たこともなかった。それをスピネル様は知っていて、かつ実践までした。おかげでグチャグチャになっていたであろう僕は、自分で考えている以上の醜態を晒したに違いない。 「あぁ、医学書には載っていないだろうな」 「……どこかのとんでもない本には載っていたってことですか」 「違う。アンバールに聞いたことをやっただけだ」 「……アンバール殿下に?」  アンバール殿下に聞いたとは、どういうことだ……? 「アンバールは男も守備範囲だ。これまで散々迷惑を|被《こうむ》ってきたのだから、慰謝料の一つくらい寄越せと言って得た知識だ。聞いたときは疑ったものだが、あれほど効果があるとはな」  気のせいじゃなければ、僕のお腹に押しつけられているものがグンと大きくなったような気がする。 「ほかにも結腸責めやスローセックスの話を聞いた。少しずつ体を慣らしながら挑戦してみようと思っている」 「だから直球をぶん投げるな! そして羞恥心!」  アンバール殿下って馬鹿なのか!? 馬鹿だよな!? 初心者になんてことを教えてくれちゃってんですか! スピネル様の口から飛び出した危険な単語は、僕だって聞いたことがありますよ!? それを初心者に勧めたりしちゃ駄目だってことも知ってますからね!?  僕が険しい表情になったからか、スピネル様がまたとんでもないことを言い出した。 「わたしとは、そういうことをしたくないのか?」 「っ、だから、そういうことじゃなくてですねぇ!」 「はっきり言わないと伝わらないだろう?」 「……僕が恥ずかしがるってわかってて、言ってるでしょう」  フッと笑ったってことは当たりか。僕がアワアワすることをあえて口にして、それで誘導しようって魂胆だろう。そのことにも気づいているんだからな。  わかっていても、どうしてもアワアワしてしまう。恥ずかしくて、つい怒鳴ったりしてしまう。でも、どうしてか最後にはすべてが許せてしまうんだ。  そういうことまでわかっていて、スピネル様は恥ずかしいことを口にしているに違いない。 「サファイヤのことなら、大抵のことはわかるようになってきた」 「僕が考えていることを察知する変な能力まで生まれましたしね」 「それだけ愛しているということだろう?」 「あ、……い、って」  うわー、マジか、そんなこと真面目な顔で言う人だったのか。驚いて、驚きすぎて、顔に全血流が集まってしまいそうだ。 「サファイヤはかわいいな」 「ちょっ、こら、……っ」  笑ったスピネル様の顔が近づき、チュウとキスをされた。もちろん唇をくっつけるだけのキスなんかじゃなく、思い切り口の中を舐め回されるベロチューだ。  もう何度もしているのに僕は相変わらず鼻で息をすることができず、ただスピネル様にされるがままだった。これもいつか慣れるのかなぁなんて頭がぼんやりしてきたところで、僕のお腹がギュルルルルと元気に鳴き叫んだ。 「~~……っ」  ただお腹が空腹を訴えているだけなのに、ベロチューより恥ずかしく感じるのはなぜだろう……。 「昨夜は随分と体を酷使させたからな。あっさりしたものを用意させよう」 「……ありがとうございます」 「それに水分も足りていないはずだ。スープや果物もあったほうがいいか」 「水分……?」 「精液が三回、あとは無色無臭の液体を何度か出していたから、体の水分も随分と減っているはずだ。一応水は飲ませたが、それでは足りないんじゃないか?」  ……もう、何も言うまい。策略とか関係なしに、この人には最初から羞恥心も何もなかったに違いない。  それにしても、そんなことになっていたっていうのにベッドはサラサラって、どういうことだ? それにお互いにちゃんとパジャマも着ているし。 「シーツは使い物にならなかったから取り替えさせた。その間にシャワーを浴びて、あぁ、ちゃんと二度中に出した分は掻き出しておいたから安心するといい。それから新しく用意させたパジャマを着せ、一緒に寝たんだ」  言い終わると同時に、側にあった大きな枕を掴んで綺麗な顔に思い切り投げつけた。それをひょいと避けたスピネル様はご機嫌よろしく寝室を出て行き、隣の居間でチリンと呼び鈴を慣らしている。  ベッドから立ち上がったときに見えた股間は朝勃ちなんてかわいい状態じゃなかったけれど、そんなの知ったことか! 自分でなんとかすればいい!  僕は真っ赤になった顔をサラサラのベッドに埋めて、ただひたすら熱が下がるのを待った。   ※ ※  スピネル様の治療の最終目標を達成してから、すでに一カ月が経とうとしていた。いつの間にかラベンダーの香る夏が終わり、秋の薔薇があちこちを彩っている。  医者として以外の僕の存在を疎ましく思っていただろう伯爵様は、アンバール殿下が養子になったことで違うことに頭を痛める日々になったようで、屋敷内で僕を見かけても何も言わなくなった。僕としてはホッとしたけれど、アンバール殿下のことを考えると伯爵様の心中察して余りある。  なんたってアンバール殿下は王子殿下のときから問題児なのだ。詳しくは知らないけれど、スピネル様の態度を見ていれば察しはつく。ファルクの話ではアンバール殿下は良くも悪くも有名人とのことで、それでもまぁ、誰かに刺されたりなんてことはないだろうと笑っていた。  そんなアンバール殿下が、いま目の前にいらっしゃる。  養子になったといってもそこは王族、しかも現陛下の息子にして次期国王の弟、それに宰相の弟にもなるわけだからサンストーン伯爵家に住むことはない。いまも城に住んでいるはずなのに、最近はこうしてたびたび伯爵家にやって来るようになった。 「俺は伯爵家(こっち)に住んでもかまわないって言ってるのに、周囲がダメだってうるさいのなんのって」  でしょうねぇ。城にいても大変そうなのに、城よりずっと自由な伯爵家に住み始めたら、それこそ伯爵様の胃に穴が空きそうだ。それにいまや伯爵家(ここ)は僕の家でもあるわけで、いろんな男女が出たり入ったりするのを間近で見たいとは思わない。  そんなことを考えている僕を見たアンバール殿下が、「いま絶対に失礼なこと考えてんだろ」なんて言うから驚いた。僕ってそんなに顔に出やすいんだろうか。それじゃあ王宮医を続けていくうえで大問題だ。 「そういや王宮医、続けてんだって?」 「はい。僕にはそのくらいしかできることがないので」 「スピネルがよく許したなぁ」 「……まぁ、いろいろありましたけど」  本当にいろいろあった。そもそもどうしてスピネル様は僕が王宮医として働くことにあんなに反対したのか、いまだにわからない。  最初は「結婚するのだから働かなくていいだろう」というスピネル様の言葉から始まった。  その言葉にカチンときた。ふざけるなって話だ。  僕がどれだけ苦労して医者に、王宮医になったと思っているんだ。僕は医者であることを誇りに思っているし、一生の仕事だと思っている。いつかは子どもの専門医になりたい夢だって、完全に諦めたわけじゃない。  そういうことを何度も訴えた。無表情になり、ひと言も言葉を発しなくなったスピネル様に対しても、決して折れることはなかった。  そうして静かなる戦いが続くこと七日目、スピネル様は渋々といった顔で王宮医を続けることを認めてくれた。渋々どころか眉を下げてあまりに寂しそうな顔をするから、つい、その日は甘やかしてしまった。  ……おかげで、スピネル様に言われるまま後ろでの自慰を見せる羽目になった。なんでそんな状況に陥ったのか、いまでもさっぱりわからない。 「朝から夕方までの定時出勤定時退勤なんだろ? そんな王宮医、見たことも聞いたこともないな」 「でしょうね。僕も知りません」  王宮医として働く代わりに、僕は文官と同じ定時出勤定時退勤を義務付けられている。これもまったく意味がわからないままだ。そもそも、そんなことじゃ王宮医としての仕事が終わるはずがない。  そう思っていたのに、どうしてかちゃんと時間内に終わってしまうんだよなぁ。それもこれも、貴族たちのどうしようもない呼び出しが減ったからだろうけれど。 「ま、そこがスピネルの妥協できるギリギリだったってことか。……まぁ、おまえを見りゃ、そうしたくなる理由もよーくわかる」 「はい……?」  なんだろう、アンバール殿下の明るい色の目がじっと僕を見ている。……あんまり熱心に見られると居心地が悪くなる。 「前に見たときは平凡なお坊ちゃん王宮医にしか見えなかったのに、久しぶりに会ったら結構な色気を漂わせているじゃないか。旦那としては心配なんだろうな」 「……はい?」  色気? なんだそれは。僕にはまったくもって縁遠いものだ。そもそも平凡なただの男からそんなものが漂い始めたら、むしろ気持ち悪くないか? 「おっと、自覚なしか。これはスピネルも苦労するなぁ。……いや、無自覚ゆえのよさってのもあるか。そもそも平凡で小さいこの体でどう乱れるのか、色気云々は抜きにしても気にはなる。平凡で小さい男ってのは、俺でも経験がないからな」  いろいろ突っ込みたい部分はあるけれど、まずその“小さい”っていうのを訂正してほしい。  そもそも、アンバール殿下は僕のことを小さいと言い過ぎじゃないか? そりゃあ平均的な成人男性より、ちょっと小柄かもしれないとは思うけれど……。たまに人波に埋もれてしまうことはあるけれど、だからといって「小さい小さい」と連呼される筋合いはない。  腹は立ったけれど相手は王子殿下、文句は言えない。養子になったとはいえ、その地位が消えることはない特別措置だとか大人の事情だとかで、この人は王子殿下のままだ。僕よりずっと身分の高い人に、面と向かって文句を言えるはずもない。  ムッとしながらも気分を落ち着かせようと、少し冷めた紅茶をグビグビ飲む。 「……殿下、何をされているんですか?」  カップを下ろしたら、隣に殿下が座っていた。ここで驚いた素振りを見せれば、またからかわれる。努めて冷静に、でも「何してんだよ」という気持ちを込めてジトッとアンバール殿下を見る。 「ふーん、悪くはないか」 「はぁ?」  しまった、不敬な反応をしてしまった。そんな僕の声を気にすることもなく、相変わらずじっと僕を見続けている。 「あの、殿下?」 「……なるほど、これが人妻の色気ってやつか」  ……なんだって? 人妻って、まさか僕のことか?  たしかにスピネル様の伴侶になるのだから、そのうち人妻に近い立場にはなるんだろう。しかし正式な伴侶になるのは年明けになってからの話だ。そもそも妻ってなんだよ、僕は男だ。 「殿下、何をおっしゃっているか、意味が……って、ちょっと!」  近い、近い、近い! 何をグイグイ近づいてきてるんですか! ちょっと殿下、僕の声、聞こえてます!? 「あー、たしかに喜怒哀楽がにぎやかなおまえって、かわいいのな」 「はぁ!?」  って、だから、近いってば! このままじゃ鼻先が触れる――思わず目をギュウッと瞑ってしまった。訪れるであろう皮膚の接触に覚悟をしていたけれど、顔のどこにもそんな感触はやって来ない。  もしかしてからかわれただけか? と思っていた僕の耳に、「ってぇ!」という悲鳴が聞こえてきた。  ……あー、こんなことが前にもあったな。あのときは首根っこを掴まれて僕も苦しかったっけ。でもってものすごい音がして、殿下が倒れていて……。  しかし今回は首根っこを掴まれることはないし、すごい音も聞こえない。  そうっと目を開けたら、殿下の頭を背後から鷲づかみにしているスピネル様が見えた。……いやいや、片手で鷲づかみって、どんな馬鹿力ですか。それに、ものすごく恐ろしい顔をしている。 「おまえは性懲りもなく、また……」 「痛い、痛いってば!」 「このまま首をへし折ってやろうか?」 「待て待て、待った! 俺、一応王子様! そしておまえの弟!」 「人の伴侶に手を出す弟など、わたしの手で処分してくれる」 「わかった、わかったって! はい、何もしません! つーか、まだ何もしてません!」 「まだということは、やる気満々だったということだろうが」 「しませんって!」  殿下は両手を上げて降参しながら、若干涙目になっていた。そんな姿を無表情で背後から見下ろしているスピネル様の右手は、ギリギリと音が聞こえるくらい頭をしっかり鷲づかんでいる。  巻き込まれたくない僕は、そっと立ち上がって反対側のソファに座り距離をとった。アンバール殿下を殴るのではなく、ちゃんと触れるようになったことを褒めるべきかもしれないけれど、そこは一応空気を読んでおく。というか、ここで話しかけたら面倒なことになるに違いない。 「よもやおまえは、サファイヤに近づくために養子の件を受け入れたんじゃないだろうな」 「そんなこと、あるわけないだろ。まぁ、ちょっとくらい味見できるかなぁとか、覗き見くらいはいいかなぁとか……って、目、その目、俺を殺そうと思ってる目だろ!」  鷲づかみの刑から逃れた殿下が振り返り、そんなことを言っている。  それにしても本当にこの王子殿下は……。口は災いの元だって言葉、ご存知ないのだろうか。 「……そういえば、殿下はどうして伯爵家の養子になることを承諾されたんですか?」 「え? なに、俺に興味出てきた?」 「アンバール」 「はい、なんでもありません」  にやけた顔が、スピネル様の言葉で一瞬にして真面目な顔に変わる。それに呆れながらも気になっていたことを口にした。 「興味というより、わざわざ格下の伯爵家の養子になる理由がわからないと思っただけです」  僕の疑問に、アンバール殿下は「なんだ、そんなことか」と笑った。 「だって、王子でいるよりサンストーン伯爵家の養子になったほうが、ずっとおもしろそうだろ?」  少しだけスピネル様に似た顔が、ニヤリとする。 (なるほど、スピネル様の長年の苦労がわかったような気がする)  この先も伯爵様の頭痛が治ることがなさそうだなぁとか、スピネル様も大変そうだなぁとか、そんなことが容易に想像できた。それにため息をつきながら、僕は新しい紅茶をカップに注ぎ、蜂蜜をたっぷり入れてグルグルとかき混ぜる。  なんだか大変そうだけれど、それはそれでいいか。 (そんな日々も、スピネル様とならどうってことなさそうだし)  好きな人の側にいられるなら何があっても楽しそうだ――甘い蜂蜜と同じくらい甘い自分の考えに、僕は思わず笑ってしまっていた。

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