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第7話

「そういえば隣のクラスに桃宮って奴いるんだよ、珍しい名前で和音と同じ苗字だから覚えてたんだ」 「…え」 さっきまで黙っていた凪沙が声を出した。 俺も同じ苗字の人がいるとは思わず驚いた。 「ももちゃんって、もしかしてソイツじゃないの?」 自分の他に桃宮がいたなんて気付かなかった。 俺はよく分からなくなった。 偶然がそんなに重なるとは思えないが、もしかして彼は俺の知る凪沙ではないのかもしれない。 凪沙が探してるももちゃんは俺ではない…ただの願望だがそうであってほしいと思った。 そんな都合のいい事なんてある筈がない、そう思っていても… 凪沙がなにか考え込んでいるから俺は震える口を抑えて言った。 「お、れは君なんて知らない…平凡な顔なんて何処にでもいるし…」 「…そう」 またなにか言われるかと身構えたがあっさり凪沙は引き下がった。 とても不気味だが今の俺にはありがたかった。 …でも知らない生徒を犠牲にしたような気がして申し訳なく思う。 会いに行って別人だと思って諦めるかもしれない希望は捨てない。 安心したのもつかの間、凪沙はうっすらと笑みを浮かべていた。 …なんだか、嫌な予感がする。 「じゃあさ、かくれんぼしよ」 「……へ?」 間抜けな声を出したが、当然のように感じた。 だって意味が分からない…かくれんぼなんて… 確かに昔はよくかくれんぼをしたが今は遊びの話をしているわけではない。 風太は俺と凪沙を結ぶかくれんぼ自体知らないから首を傾げていた。 …もしかしてなにか探ってるのかもしれない、反応とか… 下手な事は言えないと目を逸らし口を開く。 「な、なんで?」 「俺、昔からももちゃんを探すのが得意なんだよ…だから君がももちゃんならすぐに見つかるでしょ?」 「…そ、れは…君がかくれんぼ得意なだけじゃ」 「ももちゃんを探すのは得意だけど、ももちゃん以外は何故だか見つからないんだよね…本当だよ?」 ニコッと凪沙は笑う。 これが女子に向けた笑みなら女子は喜んだだろう。 …けど俺にとっては恐怖しかない。 本当かどうかなんて分からない、凪沙が自分以外と遊んでる姿なんて見た事ないから… やる必要はないと思う、けど…きっとやらないと凪沙は納得しない。 逆に考えればかくれんぼに見つからなかったら凪沙は二度と俺を「ももちゃん」と呼ばないだろう。 俺は頷いた。 「分かった」 「和音!?いいの?」 「…その代わり、条件がある…俺が勝ったらもうほっといてよ」 「分かった」 風太が不安そうな顔をしている中、凪沙は頷いた。 大丈夫、大丈夫だ……見つからなければいい。 凪沙の自信には根拠がない、オカルトのようなものだ…自分だけを見つけられるとかあり得ない。 手が汗で濡れていてギュッと握る。 かくれんぼは得意ではないが、これで勝てばもう怯えずに済むと思った。 凪沙が近付いてきて、ビクッと後ずさると俺と風太を通り過ぎて一度止まり振り返る。 「じゃあ放課後、またこの場所で待ち合わせしよう…早く昼飯食べないと時間なくなっちゃうよ」 それだけ言い凪沙は何処かに行った。 きっと待たせている友人達のところだろう。 風太は緊張しすぎて腰を抜かし床に座った。 俺も気持ちを落ち着かそうと深呼吸した。 とりあえずこの場は切り抜けられて良かった。 ……風太も無事で本当に良かった。 「マジでなんなの?かくれんぼって何?」 「…さぁ、分からない」 風太に嘘を付く…風太にも凪沙が探している「ももちゃん」が自分だって思われたくない。 風太にも嘘を付かせてしまったから… この友情だけは、あの時のように失いたくなかった。 …………あの時ってなんだっけ。 頭がズキズキして思い出すのを拒否する。 急に顔を歪めた俺を心配してくれたから何でもないように苦笑いして忘れる事にした。 大した事じゃない、そう自分に言い聞かせて… そう言えばなんで風太は戻ってきたのか疑問だった。 手ぶらなのを見るとまだ購買に行ってなさそうだけど… 「風太、パン買えなかったの?」 「ん?あぁ!そうだった!実は購買に行く途中で食堂もあってさ、いい匂いがしたから食堂に行こうと思って和音を呼びにきたんだ」 「そっか、でももう時間がないから購買行こ」 「…そうしよっか、明日は食堂行こうね!」 風太の言葉に頷き二人で購買に向かう。 購買のパンはほとんど残っていなかったが、サンドイッチはあり二人で分けて食べる事にした。 ーーー そして何事もなく時間は過ぎて放課後になった。 憂鬱な気分になりながら鞄を掴むと、ちょうど凪沙がクラスメイト達に手を振って別れるところだった。 教室を出ようとすると、今朝見た美しい少女が教室を覗いていた。 あれって、凪沙の彼女じゃないか? きっと凪沙と帰るために迎えにきたのだろう。 …そのまま帰ってくれるとありがたいのに…と思うが、現実はそんなに甘くない。 凪沙は彼女の誘いを断り歩き出した。 彼女と帰る事よりかくれんぼがそんなに大事なのかと凪沙がますます分からない。

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