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第177話
177.
「ねぇ。あなた、本当に別れたことにして良かったの?」
ツンツンと背中を突かれて振り返ると、アンがそこに居てこちらを見上げながら、何か物言いたげな表情でそこに佇んでいた。
「うん。いいんだ。僕の事は心配しなくて大丈夫だよ。」
「別にそんなんじゃないわよ。あなた、自分の立場分かってるわよね?わたしと別れたなんて言えば、今日から完全にターゲットよ?」
「あぁ、うん。別にいいよ。慣れた。」
「そう。」
アンがチラチラとこちらを遠慮がちに覗き込んできて、僕の機嫌を伺っている。
まさかそんな日が来ることがあるなんて露程も思ってもいなかったのでびっくりした。
多分、創作BLの主人公にされる事を心配してくれたのだと思う。
今まで散々僕のネタを書いてたのに、どういう風の吹きまわしだろう。
分からないけれど、突然しおらしくなってしまったアンが滅茶苦茶可愛くて、堪らない。
僕がアンとの関係を白紙にしたのには理由がある。
もちろん僕は関係を維持しているフリをして、創作BLのターゲットにされないように保身に回る選択肢もあったけれど、それを選ぼうとは思わなかった。
何故なら僕は、アンには幸せになってほしいと、そう思ったからだ。
僕がいつまでも彼氏のフリをしていては、アンは自分の恋愛が出来なくなる。
それは望まない。
これについては、昨日アンと簡単にやり取りを交わしていた。
アンはこのまま、学校や元老院からの目眩しに、僕の疑似彼女を続けるとの一点張りだった。
その位しかお礼が出来ないからと。
僕がアンの事を好きで、アンも僕の事を好きでいてくれていたとしたら、それは健全な関係だと思う。
でも実際はそうじゃない。
僕は先生の事が好きだし、アンは多分まだ、夏目元老中の事が好きだ。
僕は早くその呪縛から解放されて欲しいと願う。
だから、まずはアンはフリーだと皆に周知する必要があった。
そうすれば、例えアンにその気がなくても、アンの容姿が勝手に皆を惹きつけるだろう。
それは何も、校内だけの話ではない。
そういう話は直ぐに他校にも広がる。
そうなれば、引く手数多になるのも時間の問題だった。
アンからしてみれば迷惑かもしれないけれど、折角高校生をしているのだから、これを機に高校生らしい恋愛をしてみるのも彼女の為になると思う。
というか、して欲しい。
一方通行じゃない恋や愛を知って欲しい。
それで欲を言えば、生涯を共にしてもいいと思える伴侶を見つけて欲しい。
そう思うのは、じじ臭いだろうか。
でも別に不可能じゃ無いと思うんだ。
そういうのは、要するに元老院にバレ無ければいいんだから。
僕が一番最初に彼女と口約束を交わした時のように、本当にアンの事を愛してくれる人なら、きっと全てを明かしても受け入れてくれるだろう。
ダメだった時は、そうだな。記憶を消してしまえ。
だからリスクなんて、あって無いようなものでしょ?
もっと楽しい事を経験するべきだと思う。
僕等吸血鬼は、何も制限や制約等は無いはずだ。
ただ、特異な体質というだけで、寧ろ普通の人より有利だと思う。
不老不死では無いものの、僕等は半永久的に若さと健康を維持できる能力を持つ。
これは、兼ねてからの人類の夢だ。
けれど、僕等はそれを公にはしない。
従来通り、慎ましやかに生きていくのだろう。
それが人間と共生する事を選んだ吸血鬼の誇りであり、美徳だからだ。
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