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第10話
人はやましいことがあると目をそらし口を噤みやすいと誰かは偉そうに語った。現にそれは正しいなと、口を噤み続けているかつての同級生を見つめ、日野は思っていた。
「行光ー。ゾンビ映画と恋愛映画とサスペンスとホラーどれがいー?」
日野は夕の心など知らぬまま呑気に動画配信サービスが繋いであるらしいテレビの画面をリモコンで操作していた。何も答えない夕に、日野はリモコン操作を止めゆっくりと振り返った。
「あれ、行光。ちょっと怒ってる?」
日野はまるで夕が怒ると分かっていたかのように笑い、ソファに座る夕の横にどかり、と腰を下ろした。
夕はそんな日野とは目を合わせず、口も物理的にしっかりと噤んだ。
頑なにそっぽを向く夕に懲りず、日野は夕と目を合わせようと体を寄せてくる。段々、夕の逃げ場がなくなり、最終的に夕は立ち上がりドレープカーテンにくるまって拒絶の意を示していた。
「なーあー、行光。俺のこと怒ってる? なあ、あれ彼氏さん?」
日野のまさかの台詞に夕は目を見開きカーテンから顔を出した。日野はしてやったりという顔をして笑い、再び夕が逃げぬよう腕を掴み引き寄せた。
日野は床に胡坐をかき、夕は正座しお互い床の上で向き合っていた。腕を掴まれ顔を覗き込まれてしまえば夕に逃げ場はない。それでも夕は顔を上げなかった。
「行光。あれがこの間言ってた彼氏だろ」
「……俺、彼氏だなんて言ってない。……恋人、って言った」
「じゃあ、あの男とラブホに何の用?」
何故そんなことを聞くのだろう。聞いたところで日野にはなんの得もないのに。
夕は、ぎゅ、と手を握りしめ何も言うまいと下唇を噛んだ。すると、慌てた様子の日野は夕の手を包み「行光」と強く呼んだ。
名を呼ばれた夕が顔を上げると日野は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん。こうやって嫌な思いさせたいわけじゃねえんだ。俺は行光が心配で─……」
「大丈夫」
日野の台詞にかぶせて夕は言い切った。
「……大丈夫。ダメだったらとっくに死んでる。だから大丈夫」
喋るのが遅い夕は珍しく早口で強い口調だった。日野は夕の伏せられた瞳を覗き込み、相変わらず冷たくて細い彼の手を握り、力を込めた。
「俺は、駄目だから死ぬ、より、大丈夫だから死ぬ、だと思うよ、行光」
「……え」
日野は夕の手を広げ恋人つなぎに変えて握りなおした。
「本当に駄目な時ほど、大丈夫って言葉を安売りするんだ。行光みたいな、人を頼らない優しくて強い人間は。だから俺は、大丈夫って多用する人間を信用してない」
にっこり笑って言われ、夕は僅かに口を開けて日野を見つめた。
「強くない……俺は」
「強いよ、行光は」
「俺は、那津が居ないと生きていけないから……強くない」
「那津さん、ね……」
俺は恋人さんの事は詳しく知らないけどさ、と日野は続けた。
「本当に生きていけないのは……いや、なんでもねえわ。知らねえ奴が憶測で語るのはよくねえな」
「……だから、日野は……何も考えないで……俺、いやだったら、もうかかわらないから……日野ももう……」
「やだよ」
言葉を遮られ、夕は下唇を噛む。不安になった時の夕の癖のひとつ。
「確かに俺がお節介やって首突っ込んでるだけだけどさ。俺は行光のこと、友達だから心配なんだよ」
友達、か……。
残念ながら日野のそのセリフは行光にとって嬉しい言葉ではなかった。
こんな情けない自分を気にかけて追いかけてくれて、名前を呼んでくれて、それだけで満足しなくてはいけない。日野にはそれ以上、求めてはいけないし、求めるつもりもない。
けれど、いざ「俺とお前は友人だ」と明確に断言されると、胸がぎゅっと締め付けられて悲しくなる。
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