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第3話 義母&義弟との出会い
「初めまして、あなたが蓉平くんね」
聖美 さんは黒髪ショートボブのスレンダーなアルファ女性だった。
(父さん、この年になってこんな美人捕まえるなんてすごいな)
「初めまして。えっと……結婚おめでとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。写真は見せてもらってたけど、実物は本当に可愛いのねぇ」
「はい? や、そんな、滅相もないですっ!」
久々に見知らぬ人と話すだけで緊張するのに、こんな美人に可愛いなんて言われてなんと返していいかわからない。くだらないお世辞を言うタイプにも見えないし、素直に笑顔で返せばいいんだろうけどコミュ力が低すぎてどもってしまう。
(ああ、もう。ちゃんと挨拶出来る予定だったのに……)
父はにこにこしながら聖美さんをダイニングに案内した。
するとなぜかテーブルに用意されていたのは三人分の皿だった。
(あれ……そういえば今日は聖美さん一人……?)
確か息子さんも来ると聞いていたので、僕が戸惑っていると聖美さんが笑顔で言う。
「そういえば今日は息子はちょっと遅れて来るの。ごめんなさいね、一緒に食事する予定だったんだけど、急に予定が入って」
「あ、そ、そうなんですか」
大学生なら、こんな場に居るよりもっと楽しいことがあるだろうし仕方ない。
もしかすると、こっちの家には引きこもりの息子がいると聞いて一緒に食事するのも嫌だという意思表示なのかもしれない。そう思うとちょっと胃が痛い。
初対面の人との食事なんてほとんど経験がなくて、緊張で味も会話の内容も前半の方は記憶がない。だけど、ワインを飲んで少し酔いが回ったのと聖美さんが気さくに話し掛けてくれたおかげで後半は和やかに会話ができた。
デザートを食べ終え、席をリビングに移動するタイミングで僕はそろそろ自分が二人の邪魔をしている気がしてきた。
席を外していた聖美さんがお手洗いから戻ってくると、スマホを片手にちょっと困った顔をした。
「ごめんなさい。うちの子ったらまだ時間がかかるって言うの」
それじゃあまたの機会にしようか、と父が言う。
「いいえ、いつにしても同じことだわ。車で来てもらって一緒に帰るつもりだから、もう少し待ってて良いかしら?」
「もちろんだよ。せめてコーヒーくらい飲んで行ってもらいたいしね」
僕はここが引き上げ時だなと思った。
「じゃあ僕は息子さんが来られるまで部屋にいますね」
「そうか? それなら後で呼びに行くよ」
「はい」
僕は頷いて、二階の自室に戻った。
ジャケットを脱ぎ、ベッドに寝転がる。思っていたよりは楽しく過ごせたけど、やはり初対面の相手との食事で疲れていた。
「はぁ~……。よかった、聖美さん、いい人そうで……」
ホッとしたのと、お酒が入っていたのもあり僕はウトウトし、いつの間にか寝入ってしまった。
◇◇◇
人の気配で僕はぼんやりと覚醒した。でも、すごく眠くてまだ半分夢の中のようだった。
(良い匂い……なんだっけ、これ……シトラス……じゃないしなんかハーブっぽいような……)
重たいまぶたをなんとか持ち上げ薄目を開けると、父の足が見えた。どうやら義弟の来訪を告げに来てくれたらしい。
(起きなきゃ……)
良い匂いがどんどん近づいて来る。父はいつの間にフレグランスを変えたのだろうか。結婚相手が美人だからって、ちょっと若作りしすぎじゃない?
もう少し目を開いて、すぐそばまで来た彼の顔を見上げる。
「あれ? 父さんじゃなくてAoだぁ……」
(なんだ、まだ夢か。ああ――こんなに間近で憧れのインフルエンサーを見られるなんて。めっちゃ立体的。超リアルな仮想現実世界ならこんな感じに見えるのかな……)
夢であっても彼の顔を見られたのが嬉しくてつい頬が緩む。
「すごい。3Dやば……良い匂いだし……」と呟いて僕は夢なのを良いことに思い切りクンクン匂いを嗅いだ。そのまま手を伸ばそうとしたが、思いとどまる。
「はぁ、かっこよ過ぎ……触ったら目が覚めちゃうかも……」
目が覚めたら、きっとそこには父が立っているんだろう。
(父さんごめん、もう少し起きたくない――)
僕はこの映像を脳裏に焼き付けようとして必死に細部を見た。
――彫刻みたいなシャープな骨格。男らしいがっしりした顎と、下から見上げるとよくわかる高い鼻。少し堅そうでマットな質感の黒髪は、ピンスタグラムで見る時みたいにエアリーにセットされている。つまり、完璧。
そして何よりも、見下ろされるとゾクゾクするくらい傲慢そうな黒々とした冷たい瞳。
あまりにも彼の画像を見過ぎて、きっと脳内で3Dに構築できるくらいになっているのだ。我ながら気持ち悪い。でも、今は幸せだから良いのだ。こんなの永遠に見ていられる……。
「起きろよ」
「んん……やだ、起きたくない……」
(はぁ~っ! 低音ボイスヤバい、耳が妊娠するってこれかぁ。しかも超意地悪そうなのたまんない……)
「Aoくん~、僕リアルの弟なんて……怖いしいらないよ~。君が良い――夢の中の僕だけのAo……」
つい手を伸ばしてしまい、やばいと思った時には彼の服の裾に触れていた。そろそろ完全に覚醒しそうだ。
しかし、良い匂いは消えなかった。
突然Aoがベッドの横にしゃがみ込み、僕の顔を覗き込んだ。
(この映像、匂いもするし動くぞ――いやそれより近い近い近い! うわぁ、だめ。この匂いだけでなんか頭ふわふわして気持ちよくて死んじゃいそう……はぁ……)
心臓がバクバクしてきた。顔が――いや、身体全体が熱い。
「おい、エロい顔してフェロモン垂れ流してんじゃねーぞ。起きろ、変態」
手の甲でおでこをペチペチ叩かれ、ハッと目が覚めた。
「え……」
――覚めたはずだけど、目の前には父ではなく、Aoの綺麗に整った顔があった。
「うわぁああっ!!」
僕は叫んで飛び起き、ベッドの端に後ずさった。
「な、な、な……っ、なん、なんで!? ゆ、夢じゃ――」
「夢じゃねえ、寝ぼけてんなよ。母さんたち下で待ってるから行くぞ」
(はぁっ?)
あまりのことに呼吸が変になりそうだった。
(え、まさか……聖美さんの大学生の息子って……Aoなの――!?)
「お前は顔洗ってから来いよ」
「え……顔? なんで?」
(よだれ垂らしてた?!)
僕は咄嗟に口元を拭った。よだれは垂れてなかった。
「ヤった後みたいな顔してんぞ。すげえな、お前みたいなのが家族になるとはね」
「や、ヤっ……た……あと?」
「人前に出られないのも納得した。存在が卑猥過ぎて青少年には刺激が強すぎる」
「な、な、な……」
「先行ってるぞ」
散々言うだけ言って、Aoは蓉平の部屋を出て行った。
(――存在が……卑猥……)
リアルのAoを目にした驚きと、あんまりな言われようにショックで呆然としながら僕は顔を洗った。
鏡に映る顔は確かに、頬が赤く染まり目が潤んでみっともないことこの上なかった。
こんな顔を初対面のAoに晒したかと思うと居た堪れない。
(穴があったら入って二度と出てきたくないよ!!)
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