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第7話 一人暮らしのはずが……?

元々父が所有している物件への引っ越しだったので、手続きもスムーズに終えられた。家具は元から一通り揃っているので、自分のパソコンや、気に入っている家具、身の回り品だけ業者に運んでもらうことになっていた。 引越し当日、僕は運ばれる荷物が思っていたより多いことに驚いた。 「父さん、まさか心配性発揮して勝手に家具増やしたのかな……?」 寝室には既にベッドがあるのに、新しい――しかもかなり大きなベッドが新たに運び込まれた。 来客用ならもう少し控えめなサイズでも良いだろうに、と僕は首を傾げた。しかし、業者の人に確認したところ間違いなくこの部屋に届けるよう父の名前で依頼されたとのことだった。 (やれやれ、何に備えてるんだか――まあいいや。洋服とか、片付けないと) そして、午前中のうちに大きな家具の搬入は終わった。僕は久々に実家から離れた場所に出掛けたし、初対面の人と話して疲れていた。引越し業者の人間は全てベータかオメガだったものの、初めて一人でこういうことに対応したので緊張していたのだ。 「お昼、どうしようかなぁ」 フェロモン抑制の薬を飲んでるから、外食しても大丈夫なはずだった。薬を飲んでいても蒼司が僕のことを臭いと言ってくるのは、おそらく彼の鼻が特別敏感なんだろう。それに、蒼司を見ると僕のテンションが嫌でも上がってしまうので、抑制しきれない香りが放出されているのかもしれない。 「よし、勇気出して近くのコンビニで買ってこよう!」 以前の自分なら、デリバリーで済ませていたところだ。だけど、自立を目指して外に出ることにした。引っ越したばかりで、このマンションの周辺に何があるのかも全然わからない。探検を兼ねて僕はコンビニを目指した。 ◇◇◇ 最寄りのコンビニには入らず、わざと少し遠くの店舗まで歩いてみた。オフィスビルも多いけど、マンションがある場所は比較的静かな雰囲気だ。平日は通勤の人々で朝晩は賑わいそうだけど、日中は歩いている人もまばらだ。近くに公園もあるし、これなら人目につかぬよう散歩するのにも困らなそうだった。 (もう葉っぱになってるけど、この木は桜だよね。春は綺麗だろうな……) 久しぶりに知らない街を散歩して満足した気分だった。買い物袋を手に部屋に戻る。エレベーターが四基あるマンションの24階に僕の部屋はあった。鍵を開けて部屋の中に入る。 そこで僕はビクリと身体を強張らせた。 「えっ……」 (この靴――何!?) 誰も居ないはずの部屋の玄関に男物のスニーカーがあった。父なら合鍵を持っているだろうが、こういう靴を履く人ではない。僕は空き巣かと思って身構えたが空き巣が履くにしてはスタイリッシュなデザインのスニーカーだ。しかもきちんと揃えて置かれているのに違和感を覚える。 (あれ? 待てよ、これ……Aoが持ってるっていうか僕も真似して買ったやつじゃ……でもサイズが明らかに大き――) 「おい、いつまでもそんな所で何してる」 「ぎゃっ!」 僕はいきなり奥から人が出てきて声を掛けられ、叫び声を上げた。 「幽霊でも見たような驚き方すんなよ。叫び方が汚いぞ」 「え、な、なんで蒼司くんが――!?」 現れたのは蒼司だった。相変わらず不機嫌そうにこちらを見ている。 「いちいち騒がしい奴だな。一緒に住むんだから俺がいて当然だろうが」 「は、はぁ……?」 「聞いてないのか? ここには二人で住むようにってお父さんが言っただろう」 (ええ!? そんなの聞いてない!) 僕が声も出せずに口をぱくぱくさせていると、蒼司は表情から大体のことを悟ってため息を付いた。 「ああ、わかったよ。聞いてなかったんだな。お前とお父さんって一体どうなってるんだ?」 「なんで……なんで来たの?」 「だぁから、お父さんがそうしろって言うからだって何度言わせるんだ?」 「父さん……なんで……」 「オメガのお前が一人で暮らすのは心配だから、アルファの俺が一緒に住んで見守ってやってくれってさ」 (そんなの――断ればいいのになんで受け入れるんだよ?) 「でも、僕は蒼司くんのために一人暮らししようと思ったんだよ。匂いが嫌だろうと思って……」 それを聞いた蒼司は匂いをかぐ仕草をした。 「まぁ、我慢できないこともないからな。俺は母さんたちと一緒に暮らすほうが嫌なんでね」 「え、そうなの? なんで?」 「いつまでも親と住んでるのなんて、自由が無いし嫌だろう普通」 「僕は別に嫌じゃないけど……。知らない人と過ごすほうが嫌だし」 蒼司がすっと目を細めて僕を睨みながら言う。 「ふーん。じゃあ俺は?」 「え、そんなの嫌に決まってるじゃない!」 僕の発言に蒼司は面食らったような顔をする。 「言ってくれるじゃないか。俺と暮らすのが嫌だって?」 「あ、ち、違う! それは蒼司くんが嫌とかいうことじゃなくて、逆っていうか。わかるだろ? 憧れのアイドルと一緒に住みたいと思う? そういう対象はただ、遠くから見つめていたいっていうか……触るのは握手会だけで十分という、ね?」 「何言ってるのか、まったくわからん」 「ええっ……!」 (そうか。蒼司くんはアイドルなんか興味なさそうだもんな。しかも、アイドルとかモデルもリアルに手が届く相手だからこんな考え方しないんだ) 「とにかく、あっちが俺の部屋だから」 「あ、はい」 「勝手に入るなよ? お前の匂いがついたらたまったもんじゃないからな」 「入らないよ! そんな、恐れ多い」 「……本当に気持ち悪いな、お前」 蒼司は思い切り顔をしかめた。 そこで僕は一人分の食事しか買ってきていないことに気づき、どうしようかと思案した。 「あー……お弁当一つしかないんだけど……半分こする?」 「バカなのか? 足りるかよそんなもんで」 そう言って蒼司は自分で買ってきたらしい食材でぱぱっと料理を始めた。料理があまり得意でない僕は、イケメンがキッチンに立っている構図を離れた位置からじっと見つめていた。内心悶えながら。 (格好いい! 一生眺めていられる。これを毎日見られるってこと? 写真撮りたいけど、ファンに殺されそうだから我慢しよう)

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