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第8話 蒼司との生活
蒼司はきのことベーコンでパスタを作った。僕は自分の弁当を食べるのも忘れて完成まで眺めていていた。
それで結局一緒にお昼を食べることになったのだった。
「いただきます」
向かいにいる蒼司の皿から、和風だしの良い香りが漂ってきた。
僕はその匂いをかぎながら目の前の味気ないコンビニ弁当を食べる。
蒼司は食べ方も綺麗で、育ちの良さがうかがえた。
(彼の向かいでご飯食べる日が来るなんて思わなかったなぁ……でもどうしよう、二人で暮らすことになるなんて)
父は何を考えてるんだろう、と僕はため息をついた。たまたま蒼司が僕のフェロモンを嫌ってくれるアルファだから良かったものの、変になってしまう相手だったらどうなっていたことか。
父のことだから、信用できる相手だと判断したんだとは思う。それにしても、こちらの都合を考えてほしいものだ。
向かいの蒼司の顔を見ると、無表情でパスタを食べている。
(ああ~、パスタ本当に良い匂い。蒼司くんが作ったってだけでプライスレス……美味しそう)
「うるさいぞ」
「へっ!?」
何も言っていないのにじろりと睨まれた。
「見過ぎだ。視線がうるさい。これが食いたいのか?」
「あ、ごめん……あんまり美味しそうな匂いがするから、つい……」
すると蒼司が無言で僕のコンビニ弁当を持ち上げ、自分のパスタ皿をこちらに寄こした。そして僕の食べかけの弁当を彼は黙って食べ始める。
「え……蒼司くん、いいの?」
「ふん、どうせ俺はお前のせいで出汁の匂いもわからないからな」
(言い方は冷たいけど、僕が物欲しそうに見てたから交換してくれたんだよね? 嬉しい……)
「ありがとう、いただきます」
しかしフォークで麺を持ち上げた瞬間僕は気がついた。
(待って、これって間接キスじゃないか――!?)
手が止まった僕を見て不審そうな顔をした蒼司が尋ねる。
「何やってんだ? 食べないのか?」
「あ、た、食べます!」
(ひぃ~! 実家にそのまま残ってたらこんなことにはならなかったのに……)
僕は顔が熱くなるのをなんとか堪らえようと必死になりながらパスタを頬張った。思いのほか味が良くて、僕は羞恥心も忘れて賛辞の声を上げる。
「んっ! 美味しい! 蒼司くんこれすごく美味しい。今度作り方教えて!」
「教えるほどのもんじゃない。自分でタグれよ」
「あ、若い子って本当にタグるって言うんだね」
「はぁ?」
「僕たち世代はね、ググるって言ったものだよ」
「ふん、知るかよ。オッサン」
「酷い! そりゃぁ一回り違うからオッサンだけどさぁ」
すると珍しく彼が笑った。
「冗談だよ。誰がお前みたいなのをオッサンと思うんだ」
「え? オッサンだよ」
「バカ、やめろ。可笑しくて食えないだろ」
なぜかツボに入ったようで、蒼司はしばらく笑っていた。
(眉間にシワ寄ってない顔、リアルでは初めて見たかも)
僕は彼の笑顔にぼーっと見とれた。すると彼が急にむせ始めた。
「げほっ! おい、やめろ。その匂い!」
「え……ごめん」
「なんとかできないのかよそのフェロモン!」
「でも、薬は飲んでるんだよ。蒼司くんって鼻が良いんだね」
「そんなことはない。お前がおかしいんだよ」
どうやら嬉しかったりテンションが一気に上がるとフェロモンがきつくなるらしい。だけど自分では薬を飲む以外どうすることもできないのだ。
なんとか食事を終え、僕がパスタのお礼にコーヒーを入れた。といっても自分ではまだ食材の買い物はできていないので、蒼司が買ってきたものだけど。
「そうだ。お前明日暇か? 暇だよな。引きこもりなんだから」
「一応仕事はあるんですけど」
「ちょっと付き合えよ。いつも撮影頼んでる友達が都合悪くなって来られなくなったんだ」
「……撮影?」
「そう、ピンスタグラム用のな」
「でも僕カメラなんて素人だよ?」
実を言うと、一眼レフは持っている。だけどお飾りみたいなもので、実際のところ全く使えない。Aoに憧れて「自分も素敵な写真を撮ってみたい!」とカメラを買ったはいいが、何を撮っていいかわからずに棚の奥に仕舞い込まれていた。
「明日はとりあえずシャッターさえ押してくれればそれでいい。無理なら他の奴に声かけるけど」
「やる! やります!」
(うわぁ、僕が前から夢見てたやつじゃん! 少し離れたところから、カフェとかで蒼司くんが食べてるのを見るの。それを本当に撮れるんだ……!)
「そう言うと思った。eagle0908さんは俺にいつかごちそうしたいって何度もDMくれたしな?」
「そうそう、いつかAoと同じカフェに行って最高の角度から眺めてみたいな~って思ってたんだよねぇ」
「変なやつだよな。一緒に食べるんじゃなくて遠くから見守りたいって。この頭のネジ緩んでるオッサンはどんなツラしてるのかって思ってたよ」
「うわぁ、それ酷くな――」
(ん? ……ちょっと待って。なんで僕のアカウントがeagle0908って知ってるんだ!?)
蒼司の顔を見上げると、彼はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「やっぱり、eagle0908はお前だったか」
「な……なんでわかったの!?」
「だって、お前と会ってからeagle0908からのDMもいいね!もコメントも一切つかなくなったからな」
僕はしまった、と思った。Aoの実物と家族として住むようになり、なんとなく気まずくて彼のアカウントにアクションできなくなっていたのだ。しかしそのせいで逆にアカウントバレするとは思わなかった。
「鷲尾、だからイーグルか。それに0908は誕生日だろ? 安直だな」
「うぅ……」
「恥ずかしいか? くくっ」
悔しいけど、意地悪く笑う顔もグサグサ刺さる。
「じゃあ、明日は朝から出掛けるからそのつもりで」
「はい……」
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