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第9話 義兄の誘惑に抗う【蒼司視点】
義兄に会ってみたが、なんなんだ、あいつは?
母の結婚相手――お父さんと呼んでくれと言われた――に頼まれて、初対面なのにいきなり義兄の部屋へ行かされた。
部屋のドアを開けたら、中から心地良いフローラルな香りがした。
(フレグランスか――? それとも、まさかこいつの匂い?)
義兄になる予定の引きこもりのオッサンこと鷲尾蓉平はベッドに仰向けになり、両手を上げた状態で眠っていた。
その顔はあまりにも白くて生気が無く、溺死したオフィーリアの絵画を思わせた。
不安になって近寄るとまぶたがピクリと動いて、薄っすら目が開いた。
(……生きてる)
地味な顔立ちだが、慎み深く品がある。それになんと言ってもものすごく良い香りがするのだ。
彼はこちらを見上げ、俺のことに気がついて微笑みかけてきた。
「Aoだぁ……」
するとさっきまで青白かった頬に赤みが差し、そのなんとも言えない色気に背筋がぞくっとした。それと共に香りの濃度が増す。
予期せぬ事に俺はその甘い香り――フェロモンを思い切り吸い込んでしまい、アレルギー反応が出ることを覚悟した。
(あれ……何も、出ない……?)
数秒経ったが、くしゃみも鼻水も出なかった。
(あのファイルのデータは本当だったのか――)
俺はそのことに驚いていた。一方彼の寝言のような独り言を聞くに、モデルとしての俺のことを知っているようだった。「良い匂い」とか「かっこいい」とか言いながら、彼はうっとりした顔でアルファを誘惑するフェロモンを撒き散らす。
どうやら、俺を夢の中の登場人物と思い込んでいるようだ。
その香りに誘われて俺は彼の顔をもっと近くで見たくなった。しゃがんで覗き込む。フェロモンのせいでこいつの身体を押さえつけて唇を貪りたいという欲求が湧いてくる。
(こいつが何者かなんてどうでもいい。この良い匂いのオメガにキスしたい――……。いや、違う! 俺は何を考えてるんだ?)
なんとか踏みとどまり、義兄を起こした。危ないところだった。あいつが目を覚まさなければ、俺は間違いなく唇に触れていた。
初対面の義兄に欲情してしまった恥ずかしさを紛らわせようとして、咄嗟にあいつにキツい言葉を投げかけていた。それに目を丸くしている純朴そうな彼の表情がまた、俺の罪悪感をくすぐった。
◇◇◇
その後同居が始まってからも、同じことの繰り返しだった。
あいつが恥じらったり、喜んだりするとフェロモンがぶわっと放出される。それを受けて俺は気が遠くなるほどの欲望を感じるが、なんとか押さえつけて乗り切っていた。
そうるすとその反動であいつへの当たりがキツくなってしまう。両親の手前もう少し優しくすべきなのだろうが、二人きりになるとだめだった。
おかしなことに、俺の酷い態度にも関わらず義兄は俺のことを嫌うことはなかった。むしろ、ますます好意的なフェロモンが発散されて参っている。
(まるで悪魔じゃねーか)
母の策略にはまるのは嫌だが、すぐにでも陥落してしまいそうで怖い。
そこで俺は彼がこの親達による勝手な結婚相手探しの件についてどう思っているのか聞いてみた。すると、彼は「親の決めたことだから」と受け入れるつもりだという。
(あいつが認めてるなら、手を出しても構わないのか――?)
しかし、その言葉に反して彼は俺から逃げて一人暮らしすると言い出した。
俺はそれを聞いて、なぜか酷く動揺した。
(俺から離れる気なのか?)
自分が拒絶されたように感じて、胸がえぐられる。それが我慢ならなかった。
父にこの件を話すと父からは「蓉平はやっと独り立ちしようとしているからサポートしてあげてくれ」と頼まれた。俺は義兄がフェロモンを振り撒いて誰彼構わず誘惑しないよう見張ることにした。
母はこのまま俺たちが結婚すれば良いと思っている。しかし、そうはいかない。俺はあくまでも、両親の結婚がうまくいくよう義兄のそばにいるだけだ。
たとえ彼からどんなに良い匂いがして――全身舐めてみたいと思ったとしても、我慢だ。
彼の方から俺に触れてほしいと懇願して来るならば、考えないこともないが。
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