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第10話 撮影のお手伝い(1)
蒼司と何故か二人で暮らすことになり戸惑いはあった。しかし父が用意してくれたマンションは4LDKでかなり広い。なので、実家で過ごしているときとそれほど生活に変化はなさそうだった。
(一人なのにやけに広い部屋に入居させられるなと思ったら、蒼司くんも来るとはね……)
あの後父に抗議の電話をしたら、笑いながら「サプライズだよ。気に入った?」と言われて毒気を抜かれてしまった。最初に一人暮らしの打診をした時きっぱり断られたのに、二回目話してすんなり了承されたのは蒼司を投入するつもりだったからだろう。
(まぁ、僕も大抵部屋で作業しているし、蒼司くんは忙しくて日中家にほとんどいないからなんとかなりそうかな)
実家に引きこもっていた時は僕のフェロモンに反応する人間がいなかった。なので薬は外出時や来客時以外は飲まずに済んでいた。だけど、蒼司と一緒に住むからには毎日服用しなければならない。今度病院に行った時は今までより多めに薬を貰う必要があるだろう。
(ちょっと面倒だけど、それ以上に蒼司くんを近くで拝めるというメリットあるしな)
それにしても、まさかSNSのアカウントがバレているとは思わなかった。今まで自分が送ってきたDMを見返して、悶え死にそうになった。誰かひと思いにやってくれという気持ち……。
返事が来ないから、読んでいるとは思っていなかった。あの後蒼司に聞いたところ、僕のようなおかしなメッセージじゃなければ結構普通に返信するのだと言っていた。
(悔しい……なんでeagle0908には返事くれないんだよー!)
それは自分が気持ち悪い絡み方をしたからに他ならない。自分のアカウントのプロフィールには「30↑」と、30歳以上の男性であることを明記していた。
(――そんな奴に「カフェで遠くから眺めたいです。ごちそうします」とか言われたらそりゃ誰でも無視するよ……ほんとキモいよ僕!)
それでも、毎日彼のアカウントにアクションしていたおかげで、認知だけはされていてちょっと嬉しかった。相変わらずちょっと冷たい目で見られるのはぞくぞくして気分が良い。僕は彼に睨まれるのが癖になりつつあった。
◇◇◇
翌日は朝から出掛けると言われていたので、張り切って早起きした。
部屋がまだ完全に片付いていないが、蒼司のお供とあれば家のことは投げ出してついて行くしかない。
引きこもりとしてはあまり大勢人のいる場所には行きたくない。だけどおそらく、隼一と同じく蒼司と一緒に出かければ視線は全て向こうに集まるに違いない。
(僕は全身黒尽くめで、キャップを被っていればスタッフに見えるから大丈夫なはず)
そう思って僕は蒼司がSNSで着ていたという理由で以前購入したTシャツと黒いパンツに着替えた。もちろん僕はお店で試着して買ったりしない。ネットで買うとサイズ感がわからなくて、届いたTシャツはちょっと大きめだった。ビッグシルエットはまだ流行ってるみたいだしまぁいいや、と僕はそれを着ていくことにした。
早起きしすぎたようで、蒼司が起きてきたのはそれから一時間後だった。
「なんだ、もう準備できたのか?」
「うん。人の多いところに行くのは久々だから緊張して眠れなくて……」
「あー、そうか。人前出るの嫌ならやめるか?」
「ううん! 行く。僕もそろそろ、ちゃんと外に出ないとって思ってたから」
「ふーん。それより、その服で行く気なんだ?」
「え? あ、そう。これわかる? 蒼司くんが前に着てた――」
蒼司は僕の全身を眺めて言う。
「似合ってねぇな」
「へ?」
「俺が着て似合ってるものをそのまま着て似合うとでも思ってんのか?」
「それは……思ってない、です」
モデルが着てるみたいに着こなせるわけないのはわかっている。だけどそれを憧れの相手に指摘されて、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。僕が俯いていると彼が近寄って来て突然Tシャツの裾を掴んだ。
「脱げ、ほら」
「うわぁ! 何するの!?」
そして、そのまま脱がされてしまった。
「こっちこい、お前が着れそうな服貸してやるよ」
「えっ……」
(Aoの服を借りる!?)
蒼司は自室のクローゼットを開け、すぐに目当てのものを見つけて持ってきた。
「これ着てみろ」
せっかく全身黒にしようと思ったのに、彼が選んだのは真っ白なTシャツだった。だけど、あまりの強引さに断りきれず仕方なく着させてもらう。
(うわ、やば……これ蒼司くんのめっちゃ良い匂いする……♡)
僕は思わず襟元を両手で掴んでクンクン匂いをかいでしまった。
「おい、おい! 正気に戻れ。匂いすごいぞ!」
蒼司は腕で口と鼻を覆った。
「ご、ごめん……ていうかこのTシャツ良い匂いだから僕、なんか変な気分になりそう……」
「バカなこと言ってないでさっさと鏡見てこい。さっきより良くなっただろ」
「はい……見てきます……」
言われた通り自室の姿見で確認したところ、黒いTシャツより断然こっちの方が似合っていた。
「お前は色白すぎてトップスが黒だと血色悪く見えるんだよ。白い服着たほうがマシだ」
「そうなの?」
しかし今鏡に映る自分の顔は、彼の香りのシャツのおかげで薄っすらピンク色に染まっていた。
「今はおかしなフェロモン垂れ流してるから顔が赤いだけだぞ。外に出ないからそういう不健康な生白い顔なんだよ。これからはちゃんと日光浴びろよな」
「うん、わかった。ありがとう心配してくれて」
「勘違いすんなよ? 一緒に住んでいながらお前が具合悪そうにしてたらお父さんが心配するからだ」
蒼司はそう言ってふいっと顔を背けた。
(あれ? もしかして……)
「蒼司くん、照れてるの?」
「はぁ!? うるさいぞ。とっととその赤い顔洗ってこい」
「蒼司くんもまだ顔洗ってないでしょ」
朝起きてそのままの蒼司に突っ込むと、彼はフン! と鼻を鳴らしてバスルームへ消えていった。
(なんか……気性の荒い動物みたいで可愛いかも……)
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