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第14話 冷たい彼の甘やかし
その後も別の場所で撮影する予定があったので、僕は念のため抑制剤を追加で飲んだ。
アンジュは僕がそこにいないみたいに無視することにしたようで、ずっと蒼司とだけ話していた。それはそれで僕的にも気楽だった。
店を出て、アンジュが一緒に山下公園まで散歩しようと蒼司を誘ったが彼は「用事がある」と言って断わった。
僕は、あれ? と思って口を開きかけたけど彼に睨まれて黙ることにした。
実はこのカフェに来る前に蒼司は「ランチの後公園に行く」と言っていたのだ。
(公園行くのやめるんだ。何か急用でもできたのかな?)
アンジュたちと別れて車に乗る。
「蒼司くん、公園行かなくてよかったの?」
「ああ」
「用事?」
「いや、今日はもう帰る」
(あ、帰るんだ。もしかして……やっぱり僕がいるから人の多そうな公園に行きたくなくなっちゃったかな)
キャップを被ってスタッフっぽくしてたら大丈夫かなーって思ったけど、アンジュとの会話にどもる僕を見て呆れてしまったのかもしれない。
僕は写真を撮るのも上手くない。いつも優秀なアルファ女性と組んでいるならきっと僕の役立たずっぷりにもガッカリしているだろう。
「ごめんね」
「あ? 何がだ」
「ううん、なんでもない」
すごく不機嫌そうで、話し掛けるなってオーラが出ていたので僕はそれ以上言わなかった。
蒼司に嫌われている事自体は受け入れているし、冷たくされてもむしろ「かっこいい~♡」ってなることが多い。だけど、今回は僕が迷惑をかけた結果だったのでちょっと落ち込んでしまう。
(やっぱり、外に出るのってしんどいな……)
帰り道は二人とも無言だった。
◇◇◇
帰宅して手を洗うときに鏡を見たら、ちょっと日焼けしたみたいで目の下の辺りが赤くなっていた。
食事するときに帽子を被っているのは行儀が悪いと思って、テラス席なのにキャップを脱いでいたせいだろう。
「日焼けなんて、何年ぶりだろう?」
僕的にはちょっとした進歩のように感じた。
帰宅後部屋にこもってしまった蒼司に、謝ろうかどうしようか僕は迷っていた。
しばらく考えて、夕食を作るのを口実に彼の部屋を訪れることにした。
ノックして声を掛ける。
「あの、蒼司くん。夕飯作ろうと思うんだけど、食べるよね?」
もしかしたら無視されるかも、と思いながら部屋の前で待っていたら、蒼司がドアを開けて出てきた。
「あ、よかった。さっきはごめんね。せっかく撮影する予定だったと思うんだけど帰ることになっちゃって。お詫びじゃないけど、晩御飯作るから。何食べたいかなって思って……」
しかし蒼司はその問いには答えず僕の顔をじろじろ見て言う。
「お前、その顔どうした?」
二の腕を掴まれて、明るいリビングに連れて行かれる。
「え、ど、どうしたの?」
「熱でもあるのか? 具合悪いのになんで黙ってるんだ?」
そう言って僕をソファに座らせた。
「熱? 熱なんて無いよ」
「だって、顔が赤いぞ」
「顔? ああ、これ日焼けだよ。久々に日に当たったから。皮膚弱いから油断するとすぐ赤くなっちゃうんだよね」
僕が笑って言うと、彼は眉をひそめた。
「そうなのか? なんでそういうことを店で言わないんだよ。それなら屋内の席にしたのに」
「でも、日に当たれって蒼司くんが言ってたから……」
「皮膚が弱いなんて知らないからだよ!」
「あの、そんな騒ぐようなことじゃないし……」
「薬無いのか?」
「え、塗り薬があるけど」
「持ってこい」
謝るつもりが、なぜかわからないけどまた別のことで怒らせてしまったようだ。
言われた通りに塗り薬を持ってリビングに戻ると彼が強引に僕の手からそれを奪った。
「ここに座れ」
蒼司の隣に座ると、彼がチューブの蓋を開けたので僕は慌てて言う。
「え! そんなの自分で塗るって」
「うるさい。俺が言わなきゃ塗らなかっただろうが」
「それはそうだけど……」
(別にちょっと日焼けしたくらいだしいいかなって思ってたんだけどな)
「目ぇ瞑ってろ」
「あ、はい」
僕は勢いに押されて目を閉じた。蒼司の骨ばった大きな手が僕のあごを支え、少し持ち上げる。
(うわー、蒼司くんに顔触られるの緊張する)
僕は思わず更にぎゅっと目を瞑ってしまった。
「やりにくい、力抜け」
「はい……」
この感じなんだっけ――と考えて思い出した。芸能人やモデルがメイクしてもらっている光景だ。
(蒼司くん、怒ってるし雑そうなのに指先優しい……いつもメイクされ慣れてるからだろうな)
彼の意外と繊細な手付きに、マッサージされているような感じがして緊張がほぐれる。
(なんの香水かわからないけど蒼司くんいつも良い匂いがするし……このまま時間が止まってくれないかな~)
日焼けして少し火照った肌に塗り薬が触れるとひんやりする。それが蒼司の指で頬を撫でられるうちに段々温まるのが心地よくて、僕は「気持ちいい」と思わずつぶやいた。彼の指が止まってハッとする。
(やば、キモいこと言っちゃった)
急に恥ずかしさがこみ上げてきて、そっと目を開けたら彼の整った顔が目の前にあった。
(わーっ、近くで見るには眩しすぎて目が潰れそう)
そんなことを考えた僕に対し、彼は僕の顔を両手で包むようにしながら言う。
「さっきはごめんな」
「え……?」
そのまま蒼司は僕をソファに押し倒した。
(え、え、何――?)
心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。蒼司は僕の耳の横に手をついたままこちらを見下ろし、目を細めた。
(ああ……顔が良すぎてキュン死しそう……)
「ふん、いつもの匂いに戻ったな。そこで寝てろ。晩飯は俺が作る」
「あ、でも――」
起き上がろうとしたけど、クッションを胸に押し付けられてしまう。
「具合悪かったんだろう? カフェでアンジュが来てからお前の香りが妙な感じに変わった」
「……そうなの?」
自分では自分の匂いの変化はわからない。具合が悪いという自覚はなかったけど、ちょっと落ち込んでいたのは事実だ。
「いきなり外に連れ出して無理させて悪かった」
「そんな、ちょっと緊張はしたけど楽しかったよ。一人じゃ行けない所に行けたし」
「いや。やっぱりもっと人の少ない場所で慣らしてからにしとけばよかったんだ」
(そんなことまで気にしてくれなくてもいいのに……)
「それに、アンジュがお前に失礼な態度取ったのも謝る。テーブルは別にすべきだった」
「大丈夫だよ。僕、もういい年したオッサンだよ? 若い子に睨まれるくらいなんともないよ」
「蓉平。そうやって無理するのがお前の悪い癖なんじゃないのか?」
「え……? どうかな、わかんない……」
「とにかく休んでろ。絶対疲れてるから」
「うん、わかった……。ありがとう」
(なんか、よくわからないけど怒ってないのかな? むしろ今日の蒼司くんすごく優しい……?)
「僕こそごめんね。蒼司くんせっかくもっと撮影したかったはずなのに、役に立てなくて」
「気にしてない」
「本当ならアンジュちゃんと公園で一緒に写真とか――」
「それはない」
僕の発言を遮るように彼が言った。
「たしかに撮影は頼んだけど、俺がお前連れて外出るときはお前の体調優先だから。覚えてろ」
「だけど……」
「だけどじゃない。嫌なことあったり具合悪い時は必ず言え。わかったな?」
「あ……はい……」
蒼司は僕の返事を聞くとキッチンで料理を始めた。
(あーもう、急に押し倒すんだもん、何ごとかと思ってドキドキしたぁ。それにしても、今まで断然冷たい蒼司くん推しだったけど、優しい蒼司くんも良いかも――……)
僕は心の中で父に感謝しつつクッションをギュッと抱きしめた。
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