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第28話 プランBと思わぬ事実

アンジュが去ってから、僕はしばし呆然とソファに座っていた。 「どうしよう……二週間で、父にも蒼司くんにも怪しまれずにここを出るだなんて」 (従兄弟の隼一にもう一度ルームシェアを打診してみようか) 久々に電話してみると、隼一は憔悴しきった様子だった。どうやら彼にしては珍しく恋人に逃げられたらしい。そんな時期にこちらの頼み事をするのは気が引けて、僕は用件を話すことなく励ましの言葉を掛けて電話を切った。 こうなったらもう、本気で婚活をやって相手を探すしかない。もしどうしても二週間以内に相手が見つからなかったら(どう考えても見つからないだろうが)、せめて婚約者の振りをしてくれる相手を探し出してとりあえず一人暮らしの許可だけ得ることにしよう。 「よし、そうだ! これでなんとかなる」 これまで蒼司に協力してもらっていた独り立ち作戦。これをプランBに変更するのだ。 長らく引きこもり生活をしていたコミュ障の僕に婚活なんてハードルが高すぎるけど、あんなデマを流されてはたまらない。蒼司にも迷惑をかけることになる。 僕は仕事そっちのけで結婚相談所を調べ始めた。 父としては、由緒正しい家柄のアルファとの結婚を望んでいる。となると、アルファとオメガ専門の相談所に絞って探せばいいだろう。検索したところ、どうやらアルファとオメガを遺伝子データでマッチングする相談所が現在最も有名で実績があるようだ。 遺伝子レベルでマッチングしてくれるなら、僕のフェロモンに耐性のある人を選んで貰えるかもしれない。 僕はその相談所のホームページから会員登録の手続きをした。しかし、全ての項目に基本情報を入力して送信した所、思ってもみない回答がメールで返ってきた。 「え、会員登録ができませんでした――?」 (なんでだよ。ここのシステムおかしいんじゃないの?) メールを読むと、直接相談所に電話で問い合わせるように案内されていた。面倒だけど、急いでいるので僕はすぐに担当者へ電話を掛けた。 メールの件で電話したと名乗ると、柔らかい声の女性が名前と生年月日で調べてくれるという。 『鷲尾様、大変お待たせいたしました。お調べしましたところ、鷲尾様は既に弊社サービスに会員登録がお済みのようです。それで新たにご登録手続きをされたので、エラーが出たようですね』 「えっ!?」 (既に登録って、どういうこと――?) 「あの、僕は登録した覚えがないのですが?」 『左様でございましたか。ええと……それですと、詳しいお話しにつきましては電話口ではいたしかねますので、大変お手数なのですが弊社まで直接お越しいただけますしょうか』 どういうわけか、結婚相談所に僕の名前が既に登録されているという。とにかく期限まで時間がない僕は、その日のうちに相談所に予約をして直接訪問することになった。 ◇◇◇ 僕は時間通りに相談所の入っているビルを訪れた。 「鷲尾様、ご足労いただき大変申し訳ございませんでした。御本人確認をさせていただきませんと、詳しくお話しできない決まりでございまして」 「いえ、それはいいんですけど……一体どういうことなんでしょうか」 「はい。先程の件なのですが、ご契約されたのは鷲尾浩一様のお名前になっております。お父様でいらっしゃいますよね」 「あー……はい……」 (そういうことか。父が勝手に……) 「こういうトラブルが無いように弊社としましても努めておりまして、こちらに蓉平様御本人の署名も頂いているのですが……」 「あ、本当ですね」 見せてくれた契約書にはたしかに僕の筆跡でサインされていた。何のことかもわからずただサインを求められて書いたんだろう。 担当者の40代くらいの女性が申し訳なさそうに特殊な事情について説明してくれた。 「アルファとオメガの方に関しては特例として、成人済のお子様に対してもご両親が大きな権限を持ち続けるように法が整備されておりまして……」 つまり、アルファはアルファの血筋を重視する。由緒ある家ほど、アルファの当主は次世代にもアルファの血を残そうとするのだ。そのため、なるべく婚姻関係を結ぶ相手にはアルファかオメガを望む事が多い。確率的に、ベータよりもアルファかオメガが相手の方がアルファの子が産まれやすいからだ。 もちろん最近の風潮として自由恋愛も重視されてはいる。しかし、親としてはアルファとオメガの縁組を望んでいる。 政治家には当然ながら優秀なアルファが多いので、世の中の法律はアルファに都合の良いようになっているのだ。 「……というわけで、ご両親がお子様の幸せを願って弊社とご契約頂くということは多いんです。もし、不都合がございましたら私の方からお父様にご連絡することもできますが」 「いえ、結構です。今日は僕自身、こちらに入会を希望して手続きしようとしていたところですから」 「ご理解いただきありがとうございます。ところで、データによりますと既にこちらからお一人ご紹介済みとなっているのですが……」 「え?」 (会員登録どころか、もう紹介してもらっていたの? 全然聞いてない!) 父には後から文句を言わなければ、と僕は思った。 「お相手のお名前が山内蒼司さまという、21歳のアルファ男性ですね」 「はい!? や、山内蒼司……?」 僕が少し大きな声を出したので、彼女は戸惑って目の前のディスプレイを見て確認している。 「あ、はい。二月にデータをお渡しして、既にお会いになったということでお父様からご報告も頂いておりますね」 (蒼司くんを相談所から紹介されているって……? え、どういうことなの?) 「鷲尾様? あの、まだお会いになられていないんでしょうか?」 彼女が心配そうに聞いてくる。 「あ、いえ。会いました。会ったんですが……」 「今回はまた他の方のご紹介を希望される、ということでしょうか?」 「……はい……ええ、そう……ですね」

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