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第29話 混乱と父への不信感

僕はその日頭がパンクしそうになりながらも、新しい紹介相手の資料をもらって帰った。自室に戻り、疲労のあまり机に突っ伏す。 (既に結婚相談所から蒼司くんを紹介されていた……?) 担当者によると、登録されている会員の中で僕と最もデータ上相性が良いのが蒼司だったそうだ。彼女曰く、これほど相性が良いことは稀なのだという。仕事上の立場があるためはっきりとは言わなかったが、彼女は僕が蒼司と上手くいかなかったことに釈然としない様子だった。 (遺伝子レベルでそれなら、僕が蒼司くんを好きになるのも当然だったってことか……) じゃあ、そもそも父と義母の結婚は何だったんだ? 偶然なんてあり得ない。まさか、蒼司と僕の相性がいいから父は結婚を決めたのか。 「そんな話……あるのか?」 大体にして、この話は一体誰がどこまで知っているのだろう。今すぐにでも父を問い詰めたい。だけど、僕がこのことを知ったとわかったらどうなる……? 父は当然、僕と蒼司の仲を取り持とうとして同居させたに違いない。僕が他のアルファを紹介してもらって、蒼司との同居を解消しようとしていると知ったら? (――待てよ、まずいな。僕と蒼司くんが上手くいかなかったら、父さんとお義母さんはどうなるんだ?) それなら、やはりここは父にアンジュとの件をすべて打ち明けるべきだろうか。 いや、そんなことをしたら僕のことを心配して父はもう二度と僕を外に出さないかもしれない。 (それにこんなことを僕に内緒で仕組んでたなんて……もう父さんのことを信用できない!) いっそのこと蒼司との縁談を進めればいいのかというと、それは無理だ。なにせ蒼司は僕のことを嫌っている。 そういえば――と僕は彼と会った初日のことを思い出す。「俺はこんなの認めないからな」と彼にすごまれたのだった。 (もしかして、蒼司くんは相談所の件を知っていて僕との縁談について認めないって言ったんじゃないか?) 僕はてっきり、「兄弟になるのを認めない」と言ったんだと思い込んでいた。もし縁談について言ったのだとしたら勘違いもいいところだ。 父と義母のことを考えて彼は僕との同居を了承し、仕方なくここで暮らしている。 それなのに、僕は彼に甘えて外に出る手伝いをさせたり、ヒートの相手までさせてしまった。兄弟って良いものだ、なんて考えていた自分を殴ってやりたい。しかも迷惑を顧みず恋心を抱いて浮かれていた大馬鹿者だ。 僕が何も知らずに調子に乗ったお陰で、彼のモデルとしての地位まで危うくしかけている。 父に騙されていたとはいえ、自分のことしか考えていなかったせいでこんなことになってしまった。 (恥ずかしい……。今すぐにでも彼の前から消えて無くなりたいくらい) 「はぁ……どうしよう」 僕はさっき相談所から受け取ってきたアルファ男性に関するファイルを開いた。 「桂木廉太郎《かつらぎ れんたろう》……50歳、かぁ」 添付された写真は、年相応ではあるもののすっきりと整った顔で清潔感がある。おそらく若い頃はモテたんじゃないかと思わせる風貌だった。 「大学教授……先妻とは死別……」 多少の年齢差はあるものの、他の年の近いアルファよりも遺伝子的には相性が良いと担当者に薦められた。どうしても初婚の相手が良ければ別の人を紹介するけれど、担当者的には実際会った桂木氏の印象は良かったという。 「結婚経験がある人の方が、オメガ性への理解もありますし何かと良い面もあります。お若い方と合わなかったのでしたら、年上の男性の方が鷲尾さまには合っているのかも」と言われて僕はとりあえず彼女の言葉を信じてみることにした。 若くて血気盛んなアルファにいきなり迫られるより、落ち着きのある50代の相手のほうが僕のフェロモン的にも良い気がする。 この後担当者から、彼に連絡をしてくれるそうだ。彼の方に僕と会う意思があれば、日程を調整して実際に会うことになる。 「知らない人と会うの、怖いなぁ」 さっき相談所に行ったときは、焦って必死だったからあまり怖いと思わなかった。だけど、今後結婚する可能性がある人と会うなんてすごく緊張する。 しばらくの間書類を眺めていたら、玄関で物音がした。蒼司が帰って来たのだ。 (あ、やばい。晩御飯作ってなかった!) 僕は慌てて部屋を出て蒼司を出迎えた。 「おかえりなさい。ごめんね、仕事に夢中で晩御飯まだ作ってないんだ。すぐに作るね」 「ただいま。飯はいいからちょっと来い」 蒼司は少し不機嫌そうだった。急に腕を引っ張られ、彼が僕を抱きしめて首筋に鼻先をくっつけてきた。 「あっ……」 彼と密着すると、一瞬で気分が高揚する。頬が熱くなり、頭がぼうっとしてくる。 しばらくの間深呼吸するみたいにしていた蒼司が体を離した。 「匂い嗅いだら疲れ取れたから俺が飯作るよ」 そう言って彼はこちらを見もせずに手を洗いに行ってしまった。 彼に抱き締められ、反射的に喜んでしまったことへの罪悪感で胸がずきずきする。 今後のことを考えると気が重くて、彼が作ってくれた料理は味がよくわからなかった。もちろんアンジュのことも相談所のことも、怖くて打ち明けることはできなかった。

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