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第30話 桂木との対面

相談所の担当者は僕が急いでいるという要望に応えてくれた。二日後には彼女から電話連絡が来て、先方と会うことが決まった。 向こうも乗り気だそうで、この週末に早速会ってもらえることになった。 週末は大体蒼司と一緒に出掛けて撮影の手伝いをしている。なので今回は用事があると言って断わった。それを伝えたところ蒼司は怪訝《けげん》そうに聞いてくる。 「どこ行くんだ?」 「ちょっと用事……」 「用事って、一人で大丈夫なのか?」 「うん、最近蒼司くんのお陰で外に出るのも慣れたし」 「ふーん。何時にどこ?」 「え? なんで?」 「車で送ってく」 僕は焦ってそれも辞退した。 「あ、ほ、ほら。そろそろ電車に乗る練習もしたいし? だから本当に、大丈夫」 「電車で行くのか?」 「うん。蒼司くんもさ、たまには僕の下手くそな写真より上手い人に撮ってもらって。ね?」 彼は眉間にシワを寄せていたが、僕の説得に頷いた。そして、何かあったらすぐ電話して呼ぶようにと釘を刺された。 ◇◇◇ 当日は普段着で良いとは言われたけれど、一応淡い水色のサマージャケットを羽織って出掛けた。これは蒼司の真似で買ったものではなく、彼に見立ててもらったものだ。 一旦相談所の個室で担当者を含めて顔を合わせた。軽く挨拶を交わし、その後は二人きりで好きな場所に出かけて良いと言われビルを後にした。 桂木は資料の写真で見るより若く見えた。写真では眼鏡を掛けていたけど、今日はコンタクトレンズにしているからかもしれない。彼はきちんとしたスーツ姿で、蒼司ほどではないが背が高くて年齢の割にスタイルも良かった。 急に二人きりにされ、少し戸惑った様子で彼が僕に尋ねる。 「どうしましょう。どこでも構いませんか?」 「はい、あ……できれば、人があまり多くない場所がいいです」 僕はいきなり失礼かもと思いつつ希望を述べた。 「それじゃあ私のよく行くカフェが静かでいいかもしれません」 「ええ、おまかせします」 考えてみたら、僕は外に出るようになったとはいえ毎回出掛ける先は蒼司に任せきりだった。もうなんでも出来るような気がしていたけど、自分でお店を調べたことも無ければ、移動は彼の車の助手席に乗っているだけ。 (独り立ちには程遠いな……) 相談所の入っているビルから二駅ほど離れた場所に、桂木の馴染みのカフェがあった。そこは彼が教鞭をとる大学からも徒歩で来られる距離だという。 「ここは大学からも近いんですが、学生も来ませんしちょっとした穴場なんです」 「素敵な雰囲気ですね」 「足元に気をつけて」 昭和レトロ風な内装のカフェで、建物には段差が多い。彼はさり気なく僕の手を取ってエスコートしてくれた。なんとなく、担当の彼女が言っていた意味がわかった気がする。気障《きざ》なわけではなく、嫌味にならないその気遣いは大人の男性ならではだろう。元奥さんが居たからこそ自然にそれが身についているようだった。 「ありがとうございます」 しばらく話してみて、僕は自他共に認める陰キャのコミュ障だけどそれでも彼とは話しやすいと思った。普段から学生に教えているからなのか、人当たりがいい上に話もわかりやすい。 アルファにしては威圧的じゃないし、どちらかというと控えめな態度で好感が持てた。何より、僕のフェロモンに気づいてもいない様子なのが良かった。相談所のデータマッチングシステムは優秀なようだ。 お互いの仕事や最近読んだ本について、しばらくの間話していた。すると彼が急に焦ったように言う。 「申し訳ない。つい舞い上がって仕事の話までしてしまったね」 「いいえ、お話とても興味深かったです」 実際、お世辞抜きに彼の話は面白かった。建築史が専門で、国内外の建築物に通じている彼の話に僕は惹き込まれた。というのも、僕の趣味はペーパークラフトで、世界遺産の建物などをよく紙で作っていたからだ。蒼司には「オタクっぽいことやってないで外に出ろ」と言われてしまい最近は新作にとりかかれていなかったが。 「こんな枯れたおじさんと一緒にいて、君みたいな若い子は恥ずかしくなかったかな」 と彼は自嘲気味に笑った。若い子なんてこの年になって思ってもいなかったのでちょっと驚いた。 「そんなこと全然無いです。趣味も合うし、年齢差なんて感じなかったです」 「そうかい。はは、参ったな。嬉しい……」 彼は赤面して口元を手で押さえていた。あまり表情が変わらない人だと思っていたけどそうでもないのかもしれない。 相談所に登録していても、年齢的にマッチングの連絡が来るのは稀だそうだ。バツイチであることもネックになり、ここ半年程は誰とも顔合わせしていなかったらしい。 「蓉平くんが嫌じゃなかったらまた会ってほしいんだけど……どうかな?」 「はい。こちらこそよろしくお願いします」 その日はお茶をしただけで、次に会う約束をして別れた。 会話の中で、僕がペーパークラフトにハマっていると話すと彼が監修した本があると言われて驚いた。それが実は、ほしいなと思ったときには絶版になっていて手に入らなかったものだったからだ。 「例の本、探しておくよ。次に会う時に持っていくね」 「ありがとうございます」 正直なところ、データ上で相性が良くても実際に会ったらまともに会話にもならない可能性を考えていた。 それが、こんなにリラックスして話せるとは思わなかった。 趣味が合うとはいえ、彼に恋愛感情を抱くのは難しい気はした。だけど、結婚するならドキドキしっぱなしな相手よりこういう穏やかな時間を過ごせる相手の方が良いのかもしれない。

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