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第34話 焦燥感(1)【蒼司視点】
先週末蓉平が一人で出掛けたことすら気に入らなかったのに、祝日である今日の撮影まで断られた。
「またかよ? 今度はどこに行くんだ」
「ペーパークラフトの材料とか、本とか買いに行きたくて」
「何時にどこへ送れば良いんだ」
「だから、電車で行けるってば」
あくまでも俺には付いてきてほしくないようだった。なんとなく面白くない。
まあ、こいつが言うオタクっぽい目的地ならアンジュの行くような店と被ったりしないだろう。
(以前のように鉢合わせたら――なんて心配はいらないか)
「ふん、勝手にしろ。ただし、少しでも体調悪くなったら知らせろよ」
「うん、ありがとう」
◇◇◇
撮影の最中、手を止めた菜々が言う。
「蒼司、どうしたの? 調子悪いなら今日はもうやめにしようか」
「あ? んなことねえよ」
「さっきから上の空で、ぼんやりした表情しか撮れてない。そういうコンセプトなら別にいいけど、ちがうでしょ」
「……ちっ。雨降りそうだしちょっと休憩するか」
運河沿いの遊歩道で撮影していた俺たちは、すぐ近くのカフェに入った。夜はバーとして営業している店で、テラス席も多い。天気が良い平日夜は仕事帰りの客で賑わうのだろう。
二人は店内の窓際席に着いた。
「で、何があったの?」
「何も」
「はっ。隠す意味がわかんない。全部写ってるって」
彼女はカメラを指した。
「……だから、何でもないんだよ。ただ、身内のことでちょっとイライラしてるだけだ」
「ふーん、それってこの前言ってた人? 身内って言い方気になるんだけど。誰? お母さんじゃないってこと?」
「全部だよ。母さんも含めて、全部」
菜々は何も言わずに目だけで先を促した。こいつはペラペラと他人に噂話をするタイプじゃないから、打ち明けても良いだろう。
「母親が結婚した」
「えっ、聞いてないんだけど」
「言ってないからな。それで、その相手に息子がいた」
「へぇ、弟?」
「いや、兄だ。33歳」
「33歳? そんなのもう大人だし、あんたとは関係ないでしょ」
「……ワケありで、今二人で暮らしてるんだよ」
「どういうこと?」
そこから俺は菜々にこれまでの経緯を説明した。義兄が引きこもりになった理由は少し伏せて、相談所のことまで全部話した。
「へぇ……息子が会社継ぐ気もなくふらふらとモデルの真似みたいなことしてるから、強制的に婚約させようってことか」
お母さんてやり手だよね、などと言われても頷きたくない。
「俺はまだ21歳だぞ? 人生への介入の仕方がおかしいだろ。しかも相手は33歳の引きこもりなんだぞ」
「でも気に入ってるじゃん」
「誰がそんなこと言ったよ」
「だって、アンジュに絡まれて怒ってたでしょ」
「……だって、身内ディスられたら腹立つだろうが」
「身内って言ったって、ちょっと前に会ったばっかの他人でしょ」
それはそうだ。
(じゃあ、なんでこんなに腹が立つんだよ)
菜々が口元を緩めてこちらを見ている。
「なんだよ、その顔は」
「だって、面白いから。どんだけお兄ちゃんにベタ惚れなん?」
「はあ? バカかよ」
彼女がこんなくだらないことを言ってちゃかしてくるとは思わなかった。
「蒼司が33歳のオッサンに振り回されるとか今年イチ面白いネタだわ」
「ふざけんなよ。それより、アンジュの方はどうなんだよ」
「あー……そうだった。そのお兄ちゃん、やばいかも」
「は?」
彼女がアンジュから聞き出した内容を耳にして俺は頭に血が昇った。その後雨は本降りになり、撮影を諦めてすぐに帰宅した。
先日蓉平が一人で出掛けたときは、暗くなる前に帰ってきた。だからてっきり先に戻っていると思ったのに、あいつはまだ帰っていなかった。
(こんな雨降ってるってのに、どこうろつき回ってんだよ。連絡も寄越さねえし)
アンジュがこのマンションに来ていただなんて、油断した。
菜々は彼女と蓉平が何を話したかまでは聞き出せなかったと言っていた。ただ「蒼司の家に行ったらムカつくオメガが同居してた」と話していたそうだ。
(あの女、何考えてるんだ)
以前会った時、蓉平に向かって悪口を言っていた。蓉平はもしかしてアンジュに何か言われたせいで俺との撮影を避けて一人で出掛けてるんじゃ……?
そして、日が落ちて暗くなってから蓉平がようやく帰宅した。どこに行ってたのか、アンジュのことも含めて問い詰めようとして玄関へ出向く。
「ただいま」と言ったあいつの顔はいつもどおりだったが、俺は彼の匂いがいつもと違うことに気がついた。「臭い」と言うと、にんにく料理を食べたからだと答えた。
しかし、そうじゃない。
(アルファの匂いだ。こいつ――誰かと会っていたのか)
義父の匂いでも、母の匂いでもない。親しくしているアルファの従兄弟がいると以前聞いたことがあるからそいつに会っていたのか。いや、そうじゃないだろう。もしそうなら、俺に隠すはずがない。
こんな匂いを漂わせたまま部屋をうろつかれたくなかったから、俺は義兄に風呂へ入るよう促した。
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