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第35話 焦燥感(2)【蒼司視点】
蓉平の手から奪った荷物を彼の部屋に持って行き、デスクの上に置いた。夕飯の支度に取り掛かろうと部屋を出る寸前、彼のスマホに着信が入った。
無視しようとしたが、しばらく鳴り止まないのでバスルームに持っていってやろうと思ってバッグからスマホを取り出した。
(桂木廉太郎……? 誰だこいつ。まさか、こいつがさっきの匂いの――?)
バスルームに辿り着く前に着信音が止まってしまった。急ぎじゃないなら別に良いかと思って、端末を部屋に戻そうとした。すると、またスマホが震えてメッセージのプッシュ通知が画面に表示された。差出人は着信と同じく桂木廉太郎の名前だった。
『さっきはありがとう。部屋にストールを忘れてったよ。もし探してたらと思って一応電話しました。今度会う時に持って行きます。今日は遅刻……』
蓉平は肌が弱い。真夏にネックラインの開いている服を着たとき日焼けを防ぐため、一緒に選んでやったストールを最近よく身につけていた。出掛ける時は晴れていたが、帰る時には雨模様に変わっていたし日が落ちた後だったので忘れてきたのだろう。
文章の途中までしか読めなかったが、この桂木という男の部屋に蓉平が訪れたのは間違いなかった。俺はそれを見て怒りで頭が沸騰し、その後急激に体が冷えていくのを感じた。
「あいつ……俺に隠れてこそこそアルファ男の部屋に通ってたのかよ」
匂いが移るほどだから、ある程度長時間そばにいたのだろう。引きこもりのコミュ障だったはずなのに、ちょっと外に出るのに慣れたらこういうことをするのか。
(父親に決められた婚約者と暮らしながら、よくもそんなことが出来るな)
ヒートの時、普段の控えめな様子から想像ができないほど積極的に俺のものを咥えていた義兄の姿を思い出す。
(あのフェロモンを武器にアルファを誘惑することを覚えたってことかよ――?)
一体いつから、この桂木という男と会っていたのだろう。日中はずっと部屋にいると思っていたが、もしかするとそうではなかったのかもしれない。
なんとなく、文面と古臭い名前からこの男が俺や蓉平よりも年上だろうことが伺えた。年上の男と絡み合う義兄の姿を想像すると胃がチリチリと焼けるように痛む。
(俺が面倒みてやってるつもりになってたが、蓉平の方が一枚上手だったってことか?)
ヒート中なのに義兄がが拒むからと黙って挿入を諦めたことが急にバカバカしく思えた。お預けをくらった犬みたいに俺が言うことを聞くのを義兄は内心嘲笑っていたんじゃないのか。
「クソっ!」
◇◇◇
腹が立って料理をする気にはなれなかった。気を紛らわせようと、ソファに寝転がってホラー映画を眺めていたら義兄が風呂から上がってきた。料理もせずに転がっている俺を見て、義兄が髪の毛をタオルで拭きながら言う。
「あれ? あ……蒼司くん撮影で疲れてるよね。今ご飯作るね」
「いや、いい。ここに座れよ」
俺は起き上がって手招きした。
彼はキッチンを見つめて一瞬迷うような素振りを見せたが、俺の顔色を窺ってこちらにやってきた。膝の間に挟むようにして座らせると、蓉平は後ろを振り返り俺を見上げて言う。
「ご飯食べなくていいの?」
「そんなに腹が減ってるのか?」
「ううん、僕は別に……」
普段は俺の機嫌が悪くても、抱き寄せれば義兄は喜んで身を預けてきていた。だが、今は居心地悪そうに腕の中で身を固くしている。
(――何を警戒してるんだよ)
彼の頭に鼻をつけて匂いを嗅ぐ。さっきの嫌なアルファの匂いはもうしないが、それで俺の怒りが収まることはなかった。いつもと違うよそよそしい義兄の態度が俺の怒りを増幅させる。
(お前は俺のことが好きなんだろ)
「蒼司くん、やめて」
「なんだよ、嫌なのか」
「そんなことないけど髪、まだ濡れてるから……」
そんなに俺に触られるのが嫌なのか。桂木って男がそんなに良いのか――。
「嫌じゃないよな? 触られるの好きだろ」
俺は義兄のパジャマの下から手を入れ、湯上がりで温まった腹に触る。すると彼は驚いて飛び上がった。
「わぁっ! ちょっと、冷たいよ」
手をどけようとするのを避けて、俺はそのまま胸の先端に手を這わせた。
(逃げるな。俺に従え)
「あっ……! だめ、だめだってば」
「ここいじめられるの好きだろ?」
「んぅっ……は、離して……」
俺の手の動きに合わせて体をピクピクさせている。言葉ではやめろと言いつつ体は感じていると思うと気分が良い。
「ど……したの、急にこんな、あんっ!」
息が上がり、頬がピンク色に染まる。目はとろんとして焦点が合わなくなり、吐息が甘く香ってくる。
(こいつは俺のものだ――)
「いやらしい匂いがしてきた。蓉平、気持ち良いか?」
「……あぅっ、いや……」
明らかに感じているのに、蓉平は首を横に振った。いつもなら俺が触るとすぐに身を委ねてくるのに、今日はあくまでも抵抗するつもりらしい。手は必死に俺の動きを止めようとしていた。思い通りにならず、イライラが募る。
(自分が誰のものか、わからせてやる)
「良いんだろ? こうされたくて仕方ないくせに、清純ぶるなよ」
俺は義兄の身体をソファに押し倒した。無理やり下着ごとパジャマを脱がせ、下半身を剥き出しにする。義兄は怯えた顔で俺を見上げた。たまにテレビを見ながら彼の身体に触ったり、匂いを嗅ぐことはあった。しかしそれ以上のことをしたのはヒート中だけだったから、異変を感じたようだ。
「な、何するの……?」
「お前次第だ」
彼は不安げに瞬きをした。俺は乱暴にパジャマのボタンを外していく。義兄はそれを息を詰めて見つめていた。
全てのボタンが外れて、前を開くと白い肌が露わになった。俺は自分の指を舐めて唾液を塗りつけ、彼の下腹部に手を伸ばす。恐怖のためか彼の性器は普段よりも萎縮していた。俺はそこには触れず、彼の脚を大きく開かせる。義兄は微かに震えながら、弱々しく言う。
「……やめて、お願い」
(ふん、なんだかんだ言っても本気で止める気は無いようだな。初めてか、それとも今日男とヤッてきたのか……すぐにわかる)
そのまますぼまりに指を潜り込ませると、彼は苦しそうにうめいた。指の付け根まで入れたが、かなりきつい。
「あぅっ……うう、いやぁ……」
「いやじゃない。欲しいんだろ、これが」
俺は股間を彼の手に擦りつけた。すると義兄は思い切り首を振る。
「違う。やめて、いやだ!」
「黙れよ」
まだしっかり準備できていないが、オメガだからやっているうちに自然と濡れて来るだろう。俺はデニムパンツの前をくつろげて自分の物を取り出し、彼の後孔に押し当てた。すると義兄はナイフでも突きつけられたかのように必死で抵抗した。
「やだ! お願いやめて、蒼司くん、だめ……」
「うるさいぞ!」
「ひっ……」
俺が大きな声を出すと、彼は真っ青になって押し黙った。いつも俺がふざけて彼に冷たくしたり、けなすのとは違うと理解したようだ。見開いた目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。しかし声を出したらまた怒鳴られると思ったのか、荒く息を吐くだけでもう何も言わなくなった。
「蓉平?」
いよいよ逃げられないと悟ったのか、彼は目を閉じ、歯を食いしばった。ソファの端を握りしめた手がブルブルと震えている。それを見て俺はふいに正気に戻った。
(こんなふうに怯えさせるつもりじゃなかった……俺はこいつにこんな顔をさせたいわけじゃない――)
疑心暗鬼になっているところへ彼のフェロモンを浴び、独占欲が爆発した。普段冷静なときならこんなこと絶対にしないのに、と自分が冷静でいられなかったことに愕然とした。
押さえつけていた手を離すと、彼はサッと脚を閉じて身を護るように丸くなった。
「蓉平、すまない」
「うぅ……っ、ひっく……」
さっきまでの俺の剣幕に怯えて、声を殺すようにすすり泣いている。俺は下着を履かせてやろうと脚に触れたが彼はビクリと身をすくませて、震えながら後ずさった。
「悪かった。もうしない」
「なんで……どうしてこんなこと……」
「お前が、俺に黙って男と会ってるって知って頭に血が昇ったんだ」
「え?」とつぶやいて彼が起き上がり、こちらを見た。
「……なんでそれ……」
「さっき、桂木って奴からメッセージが入って」
「……僕のスマホを勝手に見たの?」
「そうじゃない。電話が来てたから、お前にスマホ渡そうとしたんだ。そしたら、メッセージが見えたんだよ」
「桂木って誰なんだ」と尋ねてもそれには答えず、義兄は手で涙を拭いながら剥ぎ取られた下着を身に着けた。パジャマは着ずに立ち上がる。
「お互い、今夜のことは忘れて頭冷やそう――……僕はしばらく実家に帰る」
彼は冷静なふりをしていたが、声は震えていた。華奢な背中を呆然と見つめるだけで、俺は何も言えなかった。
(アンジュの攻撃から守りたいって思ってたはずなのに、俺は何をやってるんだ……)
自分の部屋に戻り頭を抱える。しばらくして玄関のドアが閉まる音がした。
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